第33話:懇願

バレンシア王国暦243年11月2日:冒険者ギルド・エディン支部


「グレイソン殿、この通りだ、頼む、解毒に使う素材を今直ぐ集めてくれ」


「ハーパー様、無理を言われても困ります。

 どのような毒を受けたのかも分からないのに、素材集めなどできません」


「これが今まで試した解毒薬になる。

 それ以外の解毒薬を作るために必要な素材を全て集めてくれ」


「これほどの解毒薬を使っても治らないのですか?!

 よほど特殊な毒を使われたようですね」


「ああ、俺に使える手段は全て使ったのだが、それでも解毒できなかった。

 父上の反対を押し切って家宝の秘薬を使い、何とか命を繋ぎ止めてはいるが、もうそれほど時間が残っていないのだ」


「ドロヘダ伯爵家に秘宝を使っても時間稼ぎしかできなかったのですか?

 そのような条件では、解毒剤の素材依頼を受ける訳にはいきません」


「何故だ、何故受けてくれない?!

 A級冒険者のエマ殿とS級冒険者のリアム殿がおられるのだろう?

 既に火属性竜を狩って、素材として保管されているのではないか!

 大抵の素材は今持っている物で間に合うではないか!」


「ハーパー様は世間の現実を知らなさ過ぎます」


「なに、私を世間知らずだと言うのか!」


「はい、世間知らずにも程があります」


「……どういう意味だ?

 納得できない説明をするようなら、私にも覚悟があるぞ」


「まず最初に、エマ様とリアム様のおられるこの冒険者ギルドを、ドロヘダ伯爵家ていどが脅かした所で、何の意味もありません。

 先日王家王国の胡散臭い依頼を断ったばかりです」


「なに、王家の依頼を断ったと言うのか?!」


「単に断っただけでなく、文句があるのなら軍を動員して攻めて来いと、真正面から喧嘩を売っていました」


「……それでもお咎めがないと言うのか?」


「お咎めがないどころか、無理を言って申し訳なかったと詫び状が来ました。

 ドロヘダ伯爵家が脅かしたところで、何も意味もありません。

 いえ、エマ様とリアム様を怒らせたくない王国は、ドロヘダ伯爵家に厳しい罰を与える可能性が高いですよ」


「脅かすような事を口にした事は詫びる、この通りだ。

 愛する者を失いたくないあまり、常軌を逸して礼を失してしまった。

 どうか許して欲しい、この通りだ」


「愛する者の為なら悪事も辞さない気持ちは私にも分かります。

 ですが、愛の為だと言って他者を傷つけて許されるとは限りません。

 私は運がよかったので、許され救われましたが、ハーパー様は貴族です。

 王侯貴族や教会に殺されかけたリアム様が同情してくださるとは思えません」


「私が爵位を捨ててアメリアと結婚すると言ったら、助けてくれるのか?

 正当な報酬を払うと言っても駄目なのか?」


「そんな所も世間知らずなのですよ。

 属性竜の素材が幾らすると思っておられるのですか?

 1度解毒が効くかどうか試すだけで、伯爵家の年収が吹き飛ぶ金額ですよ。

 これまで試した事にない解毒薬を全て試す事など不可能です!」


「な、そんなに高額なのか?!」


「この世界がどれほど広いと言っても、属性竜を狩れれるのはリアム様だけです。

 属性竜が必要な薬は、素材を持つリアム様しか作れません。

 どれほど高い値段をつけようと、欲しがる人は多いのです。

 この国の貴族など比較にならないくらい豊かな大陸の王侯貴族が、金に糸目を付けずに買おうとするほどの価値があるのです」


「……私の命を買ってくれないだろうか。

 お金が足らない分は、この命を捧げるから、アメリアを助けてもらえないか?」


「本気なのですか?

 リアム様が死ねと言えば死ななければいけないのですよ?

 単に命を奪われるだけでなく、人としての誇りや尊厳を奪われるかもしれないのですよ?」


「誇りや尊厳などいつでも捨てる。

 誰かを裏切り、卑怯下劣なマネをしろと言われても従う。

 貴族の誇りも騎士の名誉も全部捨てる。

 アメリアを助けてくれるのなら、なんだってやる!」


「そこまでの覚悟があるのなら、リアム様に話だけはさせていただきましょう」

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