第34話:奴隷貴族

バレンシア王国暦243年11月2日:冒険者ギルド・エディン支部


「ドロヘダ伯爵公子ハーパー殿、話しは聞かせていただきました。

 本気ならハーパー殿は俺の奴隷という事になります。

 奴隷契約を結んでもらう事になりますが、本当に良いのですか?」


「構わない、いや、構いません。

 アメリアを助けてくれるのなら、奴隷にでも何にでもなります」


「けっこう、だったらその女性の治療をさせていただきますが、アメリアさんと言い女性はどこに居られるのですか?」


 俺はアメリアという女性がどこにいるのか知っている。

 サクラが教えてくれたから知っているだけで、ハーパーを試している訳ではない。

 話の流れから質問するしかないのだ。


「残された時間が限られていたので、この砦に連れてきています」


「それは大変結構。

 解毒剤を作るにしても俺に秘術で治すにしても、遠くにいては間に合わな可能性がありましたから、さっそく連れて行ってもらいましょう」


「解毒剤だけでなく、秘術まであるのですか?!」


「グレイソン副支部長の娘さんを治した秘術があります。

 それで効果があるようなら、解毒薬を作る必要もありません」


 本当かどうか不安だったのだろう。

 ハーパー思わずグレイソン副支部長の方に視線を向けた。


「本当ですよ、リアム様のお陰で助からないはずの娘が、今では元気に魔境の中を駆け回っています。

 娘のために人の道を踏み外した私ですが、リアム様は娘を傷つけないために許してくださったばかりか、こうして副支部長に取立ててくださいました。」


 グレイソン副支部長があの頃の事情を話してハーパーを安心させてくれた。


「どうかアメリを救ってください、お願いします」


「では直ぐに案内してもらいましょう」


 ハーパーは、この砦で一番高級な宿の特別室にアメリアを預けていた。

 俺が助けた人々が働いている宿だから、悪事を働く事は絶対にない。

 彼らは、俺を裏切ったらどんな目に会わされるかをよく知っている。


 部屋に案内され、一目見ただけで重体なのが分かった。

 まだ滞在時間が短いからそれほど匂っていないが、重病人臭がする。

 

 望診で患者の肉付き、骨格、顔色、皮膚の艶などの全身を観察する。

 ソフィアの時と同じで、多臓器不全になっている。


 毒の悪影響が全身に行き渡ってしまっている。

 ドロヘダ伯爵家の秘宝を使ったから生き延びられているが、その分全身の臓器が毒によって完全に破壊されている。


 念のために四診で確認してみたが、少し皮膚を押さえただけで、下にある筋肉や骨まで毒に侵されているのが分かる。


 これでは完璧に解毒してもこの女性は助からない。

 身体から毒を抜いても、完全に破壊された内臓は治らないし、自分で歩こうとしたとたんに肉が裂け骨が折れる。


 

 俺はアメリアの状態を説明すると、パーパーがこの世の全てを呪う言葉を吐きちらかす。


「そんな馬鹿な!

 ここまできて、解毒の目途がたったというのに!

 この世に神はいないのか!?」


「神などいる訳がないだろう!

 いたら王家や教会の悪行を見逃すはずがない。

 自分の名を騙って悪事を働く者を放置する訳がない。

 今更当たり前の事を口にして、大の男が嘆き悲しむな!

 それに、俺は助からないと言ったわけではない。

 解毒剤だけでは身体の損傷が残ると言っただけだ。

 秘術を使えば解毒も身体の治療も同時にできる」


「本当ですか?!

 お願いします、どうかアメリアを助けてください、この通りです!」


「直ぐに治療を始めるが、その前に、約束通り奴隷契約を結んでもらう」


「分かりました、直ぐに誓わせていただきます。

 わたくしハーパー・ムーアは、アメリアを元通りに治してくださることを条件に、リアム様の奴隷として全てを捧げさせていただき、どのような命令にも従う事を誓わせていただきます」


 全くの馬鹿でもお人好しでもないようだ。

 治療前の奴隷契約に、アメリアを治す事を前提に入れて来る。


「俺、リアムはアメリアを助ける事を条件に、ハーパー・ムーアをどのような命令にも従い全てを捧げる奴隷にする」


 これで奴隷契約魔術の前提段階は終わった。

 後は前提条件を満たして契約を完了させるだけだ。


「これからアメリアの治療を行う。

 アメリアの口から魔力と栄養を流し入れる。

 同時に毒に侵された部分を口から吐き出させる。

 普通なら肛門からだすのだが、恋人を前にしてそんな事はできない。

 口周りは少々見苦しくなるが、これは俺の思い遣りだ」


「え、あ、はい、ありがとうございます」


 これから何が始まるか全くわかっていないパーパーがドキマギと答える。

 ハーパーがどんな反応をしようと、治療のために必要な事はやるしかない。


 マッケンジーを治した時と同じようにすればどのような状態でも完治させられる。

 身体を完全修復させるための材料は、サクラが点滴で体内に入れてくれる。

 本来なら糞尿として排泄されるモノを、サクラが吸収してくれる。


「おおおおお!

 身体中に出ていた極彩色の痣や斑点が消えて行く!

 アメリアの顔色がよくなっていく!

 痩せ細っていた手足がふっくらとしてきた!」

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