第35話:対策と復讐

バレンシア王国暦243年11月3日:冒険者ギルド・エディン支部


「アメリアを助けていただき、感謝の言葉もありません」


「契約通りの事をしただけだから、そう何度も礼はいらない。

 奴隷として約束通り働いてくれればいい」


「はい、命懸けで働かせていただきます」


「そんなに緊張しなくていい。

 普段はこれまで通りドロヘダ伯爵家の公子として生きてくれればいい。

 ハーパーに働いてもらう時が来たら、命令を伝える」


「はい、その時には従わせていただきます」


「ただ、裏切っても死ぬだけで済むと思われても困る。

 人質としてアメリアはここにいてもらう」


「そんな!

 アメリアを人質にする約束などしていません!」


「確かに人質にする約束などしていないが、アメリアに死なれたら困るのだ。

 奴隷にしたハーパーが後を追って死にかねないからな」


「え、あ、え、その、それは、どういう意味なのでしょうか?」


「もうドロヘダ伯爵家に秘薬はないのだろう?」


「はい、先史文明時代から伝わる秘薬はあれだけです」


「アメリアに毒を盛った奴は見つかっていないのだろう?」


「……誰がやったのか推測はできていますが、証拠がなく捕らえられていません」


「そのような状況で、アメリアをドロヘダ伯爵家に戻したら、また毒を盛られてしまうのではないのか?」


「……命懸け護る覚悟です」


「毒を盛られる前から、命懸けで守っていたのだろう?

 それでも守り切れずに毒を盛られたのだろう?

 次に毒を盛られたら、もう秘薬はないぞ。

 秘薬がなければ、ここに連れてくる前にアメリアは死ぬぞ。

 それでもドロヘダ伯爵家に連れて帰ると言うのか?」


「ここにいればアメリアに危険はないと断言できるのですか?」


「ああ、できるよ、絶対に安全だと断言できるよ。

 王家王国すら俺の暴言をたしなめられずに戦いを避けているのだ。

 俺を骨の髄まで恨んでいる教会も報復してこない。

 そもそも、俺のスライムが護衛しなければ、大魔境の奥深くにあるこの砦まで誰も生きてたどり着けないのだ。

 その証拠にグレイソン副支部長を恨んでいるクリントン一族が報復に来ない。

 刺客を雇う事もできるのに、ただの一度も襲ってこない」


「……アメリアの安全のためには、ここに残すべきなのですね」


「ああそうだ、ハーパーが本当にアメリアを愛しているのなら、ここに残すべきだ。

 単なる欲望のはけ口や、側に置いておきたいだけの飾りなら、もう一度毒を盛られるのが分かっていて連れて帰る方法もある」


「どのような方法なのですか」


「俺の命令に従わないのは奴隷契約違反だから、罰としてドロヘダ伯爵家の年収の三倍の違約金を払ってもらおう。

 まだ完全に奴隷契約が完了していないから、契約内容の変更は可能だ。

 ハーパーが役立たずになる以上、契約内容を変更して治療代を回収する」


「私では守り切れないと断言されるのですね」


「当たり前だろう。

 毒を盛った相手の事が分かっているのに、証拠がないと言って報復もしないような奴に、大切な人間を護れるわけがない。

 そんな奴を奴隷にして何かやらせようとしても、覚悟がなく躊躇い失敗する。

 せっかく助けた人間が、もう一度同じように毒殺されるのは腹立たしいが、愛する者よりも世間体を気にするような軟弱者を恋人にした本人の責任だ」


「私がアメリアの事よりも世間体の方を大切にしていると言うのか?!」


「犯人が分かっているのに報復しないと言うのは、貴族としての立場を考えて手を下せないのだろう?

 相手が平民ならとうの昔に殺しているはずだ。

 あるいは実行犯にだけに報復していて、黒幕の貴族にだけ報復できないのか?

 どちらにしても恋人よりも貴族の立場を優先している。

 もう一度言うが、俺の奴隷になって、どのような命令にも従い全てを捧げると誓ったにもかかわらず、貴族の立場を気にしている。

 そのような卑怯下劣な者を奴隷としていても意味がない。

 契約違反で殺してしまってもいいが、それでは自分の下劣さを自覚できない。

 もう一度アメリアに毒を盛られて、自分の愚かさと弱さを思い知るのだな」


「……私はアメリアを愛する者としても、奴隷としても、役立たずなのか……」


「ガタガタ言っていないで金を用意しろ。

 奴隷契約の誓いを破った償いをしてもらう。

 金を持ってこない場合は、お前とアメリア以外のドロヘダ伯爵家を皆殺しにする」


「私が黒幕だと思う者を殺したら、アメリアを連れて帰ってもいいのか?」


「お前は奴隷契約をしたにもかかわらず覚悟が決まっていない。

 今更口にした言葉を変えても信用できない。

 役立たずに用はない。

 アメリアをどうするかは好きにしろと言っている。

 金だけ用意すればいい」


「アメリアをここに置いて行かなければいけないのなら、私もここに残る」


「長期間ここに貴族を滞在させる気はない。

 役立たずだと分かった奴隷を置いておく気もない。

 さっさと家に戻って金の用意をしろ。

 もうお前に用はない」

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