第21話:刺客

バレンシア王国暦243年8月17日:冒険者ギルド・エディン支部


「お頭、今回の依頼は色々とおかしくないですか?」


「俺達に依頼してくるモノにおかしくないモノなどない」


「それはそうですが、あのエマを名乗る者がこの国にも居るというのですよ?

 エマが大陸にいる事は確認したじゃありませんか」


「大陸にいる事は確認したが、この国にいない事は確認していない」


「……お頭はエマが二人もいると言われるのですか?」


「それを確認しなければ、今回依頼は達成できない。

 エマではないと思って襲ったら本物のエマだった場合はどうする。

 俺達は皆殺しになるだけだぞ」


「確かにエマはとんでもない実力の冒険者ですが、俺達のように暗殺を極めてはいませんぜ」


「……だったらお前だけでやれ。

 お前の慢心の所為で、先代が手塩にかけて育てた配下を無駄死にされられん!」


「お頭!」


「俺に二言はない!

 破門されて死ぬまで追われるか、一人でエマを殺すか、好きな方を選べ。

 色々と裏で動いていた者がいる事は分かっている。

 こいつと一緒に行きたい奴は好きにしろ。

 だが、先祖代々の掟を真面目に守っている配下をお前達の道連れにはさせん!」


 冒険者ギルド・エディン支部に刺客が近づいて来ていた。

 砦内と周囲10キロに網の目のように張り巡らせたサクラの身体が、魔獣や半獣族の襲撃だけでなく、人族の悪意まで未然に教えてくれる。


 自分とサクラだけで暮らしていた頃は、ここまで厳重な警戒はしなかった。

 魔獣が近づいて来てくれた方か、食料も確保できるし経験値も稼げる。


 だがソフィアを匿った事をきっかけに、心配性になってしまった。

 1000人の奴隷を助け解放すると決意してからは、心配性が高じてしまった。


 流石に彼らのプライバシーを無視する事はできないので、叛乱や犯罪以外の言動は報告しないようにサクラに厳命してある。

 だが聞き耳を立て覗き見を続けさせている。


 今回はその心配性がとても役に立った。

 エディン支部砦から10kmの所で暗殺団を発見する事ができた。


 サクラ、自殺させないように捕らえてくれ。

 味方にする気になれない裏切者達はサクラが尋問してくれ。

 先祖代々の掟を護る、筋に通った連中は俺が話してみる。


 ★★★★★★


「自分達が手も足も出せない相手だと理解できたか?」


 サクラに完璧に捕らえられたというのに、まだ依頼を達成する決意に揺るぎがないとは、見上げた根性だな。

 サクラの拷問を喰らって直ぐに口を割った連中とは覚悟が違う。


「今回の依頼が、エマを邪魔だと思っている貴族からなのは分かっている。

 お前達と反目した暗殺団の元仲間がペラペラと話してくれた。

 もうこれで暗殺ギルドには戻れないのではないか?

 連中は自分達を裏切って独立した連中だと言っても、ギルドは許してくれず、里にいる女子供まで皆殺しにされるのではないか?」


「……」


「黙っていてもどうにもならないぞ。

 ここから逃げる事も死ぬ事もできない。

 もし自殺できたとしても、お前達が暗殺ギルドを裏切った事は隠せない。

 女子供まで皆殺しにされて、歴史と伝統のある暗殺団を自分の代で潰す事になる。

 それで祖先の方々に申し訳が立つのか?

 どのような恥をかこうと、暗殺団を存続させなければいけないのではないのか?

 俺と取引しようではないか」


「お前、見た目通りの齢ではないな?

 俺達に何をさせようというのだ?」


「俺はこの大魔境にいる限り無敵だが、外の情報を集めるのが難しい。

 国内ならまだ何とかなるが、この国は島国だ。

 海を渡った大陸の情報を集めるのはとても難しい。

 それを大陸に拠点があるお前達にやってもらいたい」


「お前が裏切者達から情報を得たことが知られてしまったら、俺達は暗殺ギルドから追われる立場になってしまう。

 そんな状態では、とても大陸で活動できない」


「お前達を裏切った連中は、殺さずに人質として預かっておく。

 裏切者達がペラペラと秘密を話した事は黙っておいてやる。

 この国にいるエマを本物と判断して襲撃したが、半数を失うほどの損害を受けて撤退したと暗殺ギルドに報告すればいい。

 暗殺の失敗は、お前達にとっては耐えがたい屈辱だろうが、生き残る事ができれば再度襲撃する事も可能だ。

 俺やエマに油断があると思えば、何時でも狙えばいい」


「ここにいるエマは本物なのか?」


「それは自分達の力で確かめるのだな。

 エマの部下である俺の守備陣すら突破できないお前達に、エマに近づく事ができるのならな!」


「俺達の完敗なのだな」


「四カ国でA級冒険者認定されているエマと、エマに認められているB級冒険者である俺を舐め過ぎたお前達が愚かなのだ。

 本来なら一族郎党皆殺しになる所を、一族全員が生き延びられる条件を示してやった、後はお前が決断するだけだ」


「分かった、しばらくの間だけお前の言いなりになってやる。

 だが忘れるな、必ずお前を殺しエマも殺してやる!」


「楽しみに待っているよ。

 だがお前も忘れるな、俺にはお前達一族をこの手を汚さずに滅ぼせるだけの情報を握っているのだ。

 俺とエマの命を狙う時は、必勝の自信を得てからにしろよ」


「そんな事は嫌というほど理解している」


「だったら、もう一つ提案しておいてやろう。

 俺が情報を流さなくても、暗殺ギルドが裏切りに気が付く可能性がある。

 多くの暗殺団を率いている連中だ。

 裏切りや主導権争いは日常茶飯事だろう。

 疑わしいと思っただけで、お前達を皆殺しにするかもしれない」


「……」


「否定できないようだな。

 だったら、この国にいるエマの事を調べるためと言って、拠点をこの国に移す方法もあるぞ。

 仲間の半数を殺された恨みを晴らすために、この国に拠点を移すと言うのもいいかもしれない」


「そんな言動をした方が、暗殺ギルドに目をつけられる!

 俺達の家族を人質に取ろうとしても無駄だぞ!」


「直接身柄を確保しなくても、お前達の仲間が暗殺ギルドの情報を流したという事実だけで命は預かっている。

 まあ、いい、無理にこの国に来いとは言わない。

 大陸にいるエマを狙う連中と、この国にいるエマ狙う連中の情報を集めてくれ。

 お前を裏切ろうとしていた連中の話が本当なら、二重の暗殺依頼があるようだ」


 暗殺に来た連中は、冒険者ギルド・エディン支部のある砦に近づく事もできず、半数の仲間を殺され、尻尾を巻いて逃げて行った。

 そう言う話を砦内でも砦外でも積極的に流した。

 

 彼らが情報取集と暗殺の失敗で始末されることなく、俺の配下となって情報を集めてくれるようになればいいのだが、必ず生き残れるとは限らない。

 全ては彼らの実力次第だ。


 俺としては、サクラの分身体にここを護ってもらって大陸に渡ってみたい。

 十分な情報を集めて安全を確保してから大陸に渡りたい。

 いっそサクラの分身体を先に渡らせておこうか?

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