第3話:舌戦

バレンシア王国暦243年4月14日:冒険者ギルド・ロアノーク支部


「マスター、決闘の続きをさせてもらおうか」


 全ての元凶である、ローソンズクランのリーダー、いや、盗賊と同じようにボスと言った方が良いだろう。

 そのボスであるホセがマスターにケンカ腰で言う。


「決闘?

 恐喝と殺人未遂の間違いだろう」


 初老で上品な御婦人にしか見えないマスターも負けていない。

 言葉に含まれるバカにした感情は誰にでも分かるように話している。


「昼間っから夢でも見ていたのか?

 ボケたのならさっさとマスターの座を引き渡せ」


 ほう、ホセの目当ては冒険者ギルド支部長の座か。

 支部長と言うのはそんなに旨味のある役職なのか?


「以前から頭が悪かったけれど、遂に性病が頭に回ったようですね。

 どれほど多くの支部マスターを味方につけても、ギルド連合理事長の目が黒いうちは、貴男がマスターに成る事はありませんよ」


 理事長という奴はそんなに権力があるのか?

 だとしたらホセの、いや、実家や親戚の目的は理事長職かもしれないな。


「はん、理事長など直ぐに解任されるさ」


「やれるものならやってごらんなさい。

 貴男の命は勿論、実家も親戚縁者も皆殺しですよ」


 ほう、理事長というのは相当の実力者のようだ。

 そうでなければ、引退したとはいえ元冒険者の支部長達を纏められないよな。


「ちっ、後で吠え面をかくんじゃねぇぞ!」


 バッチーン


「ホセ、正式に白手袋を汚い顔に叩きつけてやったんだ。

 決闘、決闘と言うのなら、私と勝負しろ。

 マスターに対する悪口雑言、もう許さん。

 それとも、私が怖くて決闘から逃げるか?」


 さっきから歯軋りしそうなくらい怒っていたエマがやりやがった。

 これでホセに退路はない。

 エマに全て片付けてくれるのなら俺は楽ができる。


「くっ、当たってねぇ、手袋が当たってねぇから無効だ!」


 うっわ!

 こんな臆病で卑怯な奴がクランのボスなのかよ。

 この国は腐りきっているな、さっさと他国に行った方が良いかもしれない。


「はん、さすが卑怯下劣で腰抜けしかいないバレンシア王国騎士だ。

 顔に白手袋を叩きつけられても、恐ろしくて決闘ができない。

 これで大陸中からバレンシア王国騎士が馬鹿にされ笑い者にされる。

 年端もいかない新人冒険者に決闘決闘と騒ぎ立てるバレンシア王国騎士!」


 確かにその通りだな。

 これが押し通るようなら貴族も騎士も存在意義を無くすはずだ。

 いや、それは俺の前世の歪んだ知識で、この世界の常識ではない。


「くっ、じゃかましいわ!

 黒人女の分際で人間みたいな口を利くな!」


 こんな凛とした美しさを持つ女性が人間でなければ何なのだ?!

 ホセこそオークと同じ醜悪な存在ではないか。


「はん、その黒人女が恐ろしくて決闘を逃げる腰抜けの卑怯者が!

 ガタガタ言うなら斬り殺すぞ!」


 うん、エマの言う通りだ。


「ヒィイイイイイ」


 うっわ、威圧されただけで腰を抜かしやがった!

 これで若い頃は王都でブイブイ言わせていただと?

 話を盛るにしても、もう少し現実味のある話にしろ!


「待ってもらいましょうか、エマ。

 正式な決闘なら代理人を立ててもいいし、助太刀も頼めます。

 それが我が国の決闘ですよ」


 極弱で醜悪なホブゴブリンを自慢そうに連れている小者が割って入ってきた。

 ホセに好い所を見せて取立てて貰いたいのか?

 まさか、ホブゴブリン程度を従魔にしているだけで幹部になれるのか?!


「クックックックッ、卑怯下劣で臆病なバレンシア王国らしい決闘だな!

 正式な騎士が行うジョストを受けるのがそんなに怖いのか?

 取り巻きに護ってもらわなければ何もできないのか?」


 うん、俺もそう思う。


「エマこそ我が国に来た以上その作法に従っていただきます。

 エマがどれほど吠え立てようと、高貴なホセ様が直接戦う事はありません」


 前世に『郷に入っては郷に従え』と言う言葉はあったが、騎士にそれを当てはめるのは、流石に無理があるぞ。


 だが、昔の日本の決闘には助太刀がいたよな。

 西洋の決闘では代理人を立てる事ができた。


「だったらお前が相手になってくれると言うのか、ブレイデン?

 お前のホブゴブリンごときが私の相手に成るとでも思っているのか?」


 うん、俺なら指1本で斃せるな。

 エマの纏う雰囲気なら秒殺できるに違いない。


「A級冒険者試験を受けに来た貴女に、D級にしか過ぎない私が勝てるとは思っていませんが、いくら貴女でもクランメンバー200人全員には勝てないでしょう!」


 いや、何を馬鹿な事を言っているのだ?

 圧倒的な実力差が分からないのか?!

 その程度の連中しかいないのなら、200人が500人でも勝てないだろう!


「クックックックッ、愚かな連中だ!

 ビッグゴブリン率いる400の群れを皆殺しにした私に勝つ気とはな!」


「ビッグゴブリンだと、400だと?!」


「ちょっと待ってもらおうか!

 最初に勝負を挑まれたのは俺だ。

 俺を抜きに話しを進めるのは止めてもらおう」


「小僧、横から口出しするんじゃねぇ!

 だったら先にてめぇと勝負してやろうじゃねぇか」


「13人ものメンバーを俺に叩きのめされたくせに、よく偉そうに言える。

 それに、今俺に勝負を挑まれて安心しただろう。

 その女性、エマと戦わずにすむと思って安心しただろう。

 気を飲まれて逃げた時点でお前らの負けだ。

 さっさと尻尾を巻いて王都にでも逃げて行くんだな。

 そうしなければ恥の上塗りだぞ」


「ちっ、小僧の分際で偉そうに言いやがって!」


「強請り集りを誤魔化すために俺との決闘だと言い張っているのだろう?

 正式な決闘なのに、俺の名前も知らないのか?

 それでよく決闘と言い張れるな」


「……度忘れしただけだ。

 それに、直接戦ったのは、家でも下も下、最底辺の下っ端だ。

 そんな連中の決闘相手の名前など、直ぐに忘れてもしかたあるまい」


「その割には、お前の所のクランリーダーは恥ずかしげもなく喚いていたぞ。

 やはりその女性の言う通り、卑怯下劣で臆病なこの国の騎士やその取り巻きは、頭も悪ければ恥も知らないようだな」


「よかろう、頭が悪くない所も恥知らずでもない所も証明してやる。

 正式な書面を交わしたうえでお前と勝負してやる。

 冒険者らしく、殺し合いではなく狩りの成果で勝負だ。

 それでいいな?!」


「ああ、構わないぞ。

 俺との決闘を狩りの勝負にできたら、エマとの決闘も狩りにできるからな。

 卑怯下劣、憶病なお前達には好都合だろう。

 だが、ただ勝負するだけではつまらない。

 C級冒険者に認定される条件で勝負しようじゃないか」

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