第10話:条件闘争
バレンシア王国暦243年4月15日:冒険者ギルド・クリントン支部
俺の言葉を聞いたマスターは、自分の個室で買取価格表と契約書を見せようとしたが、密室で話しをする気はない。
俺が受付以外では話はしない、それならC級認定用の狩りはロアノーク支部とフェデラル支部でやると言ったので、マスターは渋々認めた。
「ではここで買取価格表と契約書を確認させてもらおう」
「分かった、これがここの買取価格だ」
マスターは何事もなさそうに買取価格表を渡してきた。
だが、その表情と心音から嘘を言っているのは明らかだ。
「ほう、随分と安いな。
本当にこれがここの標準価格なのか、他の冒険者に確認してもらおう。
君、これを確認してくれ」
「あ、こら、ギルドの買取価格は秘密だ!」
「え、なんだこれ、異常に安いじゃないか!」
「なんだって、マスターが小僧を騙そうとしていたのか?」
「へん、俺達が何をしようと邪魔しなかったマスターだぞ、性根が腐っていて当然じゃないか、今更驚いてどうする」
「そうれはそうだが、それでもここまで安く買い叩くか?」
「C級認定してもらいたくて、小僧が泣き寝入りすると思ったのだろう」
「冒険者達も驚くほど安い買取価格のようだな、マスター」
「確かに商業ギルドに売るよりは安いだろう。
依頼を受けて直接個人に売るのに比べればはるかに安いだろう。
だがギルドを経由すれば不当に買い叩かれる事が無くなる。
そのギルドを運営するためには仲介手数料や解体手数料が引かれるのだ」
「ほう、その不当に安く買い叩くと言うのは、このギルド支部の事だろう。
ここにロアノーク支部の買取価格表があるが、全ての素材が三倍以上の値段になっているぞ!」
「なっ、何故そんな物を持っているのだ?!」
「何故持っているかだと?
確認のためにロアノーク支部に戻ったからに決まっているだろう」
「な、なんだと?!
半日の間にあれだけのゴブリンを狩っただけでなく、ロアノーク支部まで往復したと言うのか?!」
「その程度の事で何を驚いている?
最速で駆ければ簡単な事だ」
「信じられない、とても人間技とは思えない」
「信じようが信じまいがこの現実が変わるわけではない。
このような安い値段で買い叩かれると分かっていて、ここで売る気はない。
約束違反で決闘にして、性根の腐ったマスターの命を奪ったところで、銅貨1枚の価値もないからな」
「まさか、ありえない、嘘だろう!
本当に半日の間にゴブリンを狩りロアノーク支部と往復した上の、木の巨人まで狩ったと言うのか?!」
「疑うようなら証拠を見せてやろう。
サクラ、木の巨人を出してくれ」
俺の指示通り、受付前に巨大な木の巨人が現れた。
ヒュージゴブリンよりも遥かに強大な魔妖精族だ。
素材としての価値もヒュージゴブリンとは天と地ほどの差がある。
「「「「「ウォオオオオ」」」」」
俺に対する恐怖で固まっていたはずの冒険者達が一斉に歓声をあげた。
たかが木の巨人1体くらいで大袈裟な事だ。
「現物を見て分かっただろう。
俺にとってはこれくらい簡単な事だ。
俺を騙して暴利を得ようとしていたようだが、そんなマネはさせない。
誰かに利用されるなど真っ平御免だ!」
「待ってくれ、頼む、お願いだ、この木の巨人を売ってくれ。
金は何としてでも集める。
この命を、魂を売ってもいい。
だから俺に木の巨人を売ってくれ!」
「この木の巨人を使って悪巧みでもしているのか?
俺は悪党の手先になって誰かを苦しめる気はない。
どうしても木の巨人が必要ならば、自分で狩るのだな」
「違う、違うんだ、悪事のために木の巨人が欲しいわけじゃない。
娘が、娘が病気なのだ。
娘の病気を治すために、どうしても木の巨人が必要だったのだ。
木の巨人を買うための金を貯める為に必死だったのだ。
だが最低限の道理は通してきた」
「その最低限の道理に、街の人に対する冒険者の恐喝は含まれなかったのか!
お前が賄賂を目的に冒険者の恐喝を見逃した事で、最低限の食事もできずに病気になり、薬も買えずに死んだ者もいたはずだ。
そんなお前の娘のために、木の巨人を売ってやる義理はない!」
「それは俺じゃない。
この街は名前通りクリントン一族が支配しているのだ。
冒険者ギルドのマスターである俺が何を言っても通らない。
冒険者達もクリントン一族に賄賂を贈って好き放題しているのだ」
「だったら冒険者資格を剥奪すればいいだろう。
そうすれば少なくとも冒険者の名誉は守られたのだ。
全部クリントン一族に手先がやった事になったのだ。
お前は僅かな仲介手数料や解体手数料が欲しくて、冒険者の誇りと魂を売ったのだ!」
「……それは……その通りだ……」
「まあ、いい、お前の罪はロアノーク支部を通じて連合会に報告してもらう。
だが、病気の娘を見殺しにするのは寝覚めが悪い。
治せるかどうか分からないが、診察だけはしてやる」
「え、あ、診察、治す、まさか治癒魔法が使えるのか?」
「三歳から七年間も大魔境で暮らしてきたのだ。
治癒魔術くらいできなければ生き残れないだろうが。
こんなつまらない話しより先にする事があるだろう!」
「分かった、娘はマスター室の隣にある私室で寝ている。
直ぐに案内するから助けてやってくれ!」
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