第31話:懺悔

バレンシア王国暦243年10月20日:冒険者ギルド・エディン支部


「私は神を畏れぬ大罪を犯してしまいました。

 教皇に頼まれて、多くの子供達を差し出してしまいました。

 子供達が教皇の嬲り者になるのを知っていて、差し出してしまいました。

 私自身も、子供達を嬲り者にしました。

 いえ、嬲り者にしただけでなく、口封じに皆殺しにしました。

 教会にある孤児院は、嬲り者にする子供を集めるためにあります。

 皆様に教会の真実をお伝えするために、恥を忍んで生きているのです」


 ソーヤー司教に変身したサクラの分身体が街の人々に懺悔している。

 代官所の騎士団を皆殺しにしているので、邪魔をする者はいない。

 交易都市に住む六万人が教会の悪行を知ったのだ。


「俺は異国からこの国を占領するための尖兵として……」


 紅毛人の船長に変化したサクラの分身体も交易都市周辺の街や村を回っている。

 配下の船員に変化したサクラの分身体も同じように回っている。

 多くの人々が紅毛人が攻め込んで来ると信じた。


「この国の女を紅毛人に売っていたのは王の相談役だ。

 王も知っていて黙認していた。

 私は交易都市の代官に賄賂を贈って黙認して貰っていた。

 だが王や大臣の許可がなければ代官もそんな事はできない。

 この国は王も大臣も教皇も、民を食い物にしているのだ」


 交易都市の商人達に変化したサクラの分身体が町や村を回っている。

 この国の指導者層がいかに腐り切っているかを伝えた。

 薄々気がついていた民は指導者層の堕落に確信を持った。


 王家と親類関係にある貴族領では、サクラの分身体は捕らわれそうになる。

 だがビッグスライムの分身体を捕らえられるほどの騎士はいない。

 王家に忠誠を誓う貴族領も同じだった。


 貴族の中には反王家の家もある。

 そのような貴族領では王家の悪口は言い放題だった。


 だがそんな反王家貴族領でも、教会の暴露話は許されない事もある。

 そんな領地では、懺悔を続ける神官達に化けたサクラの分身体を捕らえようとして、ボコボコに叩きのめされる陪臣騎士が続出した。


 民の王家王国に対する不信感と敵愾心を増加させる。

 教会に対する不信感と増悪も掻き立てる。

 貴族や騎士に対する不信感と反発心も増加させる。


 だが暴発する所までは増加させない!

 絶対に一揆や内乱までは起こさせない。


 そんな事をしたら、性根の腐った奴が火事場泥棒を始めてしまう。

 助けたいと思っている女子供が犠牲になるような事はさせない。

 俺が進めたいのは民の自助だ。


 戦乱の時代には平民も武装していた。

 村ごとに城壁をもうけ自警団を組織していた。

 今から紅毛人の国が攻めて来るのに備えて欲しい。


「リアム地域長、王国から緊急依頼が届いているのですが……」


 グレイソン副支部長が恐る恐る話しかけてくる。

 交易都市周辺の悪人を多数捕らえた俺は、本拠地である魔境の冒険者砦に戻ってきたのだが、戻ると同時に腹立たしい依頼が入っていた。


 まあ、留守にしていたとは言っても、サクラの分身体が俺に変化してアリバイを作ってくれいたから、戻って直ぐに話しかけられるのは全くの偶然だ。


「どのような内容なのです?」


 この場にソフィアはいないのだが、どこから話しが伝わるか分からないので、丁寧な話し方を心掛けた。


「交易都市周辺に、人間に変化した強力な魔獣が現れているそうです。

 交易都市の騎士団だけでなく、貴族家や騎士団でも太刀打ちできないそうです。

 リアム地域長かエマ地域長に皆殺しにして欲しいとの事です」


「本当に人間に変化した魔獣なのですか?

 先史文明時代にはそんな魔術を使う魔族がいたそうですが、滅んだのですよね」


「はい、魔族は滅びました。

 人間に変化する魔獣がいるという話も聞いた事がありません」


「どう考えても本当の人間が暴れているのですよね?」


「ですが、普通の人間に千人もの騎士団を撃退する力があるとは思えません」


「それは王家が言っているだけで、本当かどうか分からない事ですよね?」


「確かに、真実かどうか分かりません」


「どう考えても俺やエマに一揆を鎮圧させようとしているとしか思えない。

 俺もエマも、なんの罪もない民を殺す気はない。

 冒険者連合はなにも言ってきていないのでしょう?」


「一部の幹部は王国に同調して強制依頼を出そうとしたと聞いています。

 理事長と反王国派の理事が反対したので、同調しなかったと聞いています」


「強制依頼ではないのだから、絶対に受けないと返事してください。

 もし強制依頼に変えて来るなら、俺とエマは大陸に渡ります

 ただ大陸に渡る前に、この国の諸悪の根源を皆殺しにします。

 その覚悟があるのなら、強制依頼を出せと言ってください」


「……命懸けの返事をしなければいけないのですか……」


「命の危険など全くありませんよ。

 この国の全騎士が一度に襲ってきたとしても、グレイソン副支部長に貸しているトラサンが皆殺しにしてくれます」


「確かに、簡単に茶魔熊を狩るトラサンなら王国騎士団ごとき者の数ではないでしょうが、謁見の間にまでトラサンを連れて行くわけにはいかないし……」


「何故一緒に連れて行けないのです?

 グレイソン副支部長とトラサンは一心同体、引き離すと言うのなら交渉は拒否すればいいのです」


「それでは交渉すらせずに王国と敵対する事になりますが、いいのですか?」


「構いませんよ、こちらから王国に譲歩しなければいけない理由はありません。

 グレイソン副支部長に何かあればソフィアに合わす顔がありません。

 安全を一番に考えて行動してくれればいいのです。

 先ほどは大陸に渡ると言いましたが、別に大陸に逃げなくても、この砦で暮らす事もできれば、王家や王国を滅ぼす事もできるのです」


「分かりました、強気で交渉してきます」

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