第38話:イイ女

バレンシア王国暦243年11月5日:冒険者ギルド・エディン支部


「この度はハーパー公子の無理な願いを聞き入れてくださり、秘術を尽くして私の命を助けてくださったとお聞きしました。

 本当にありがとうございました」


 アメリアが自分を護るように位置取りしている侍女と姫騎士に目をやり、誰が全てを伝えたのか俺に教えてくれる。

 侍女や姫騎士達も心根の良い者達なのかもしれない。


「人として当然の事をしたまでです。

 それに、報酬も十分にいただく予定です。

 アメリアさんが気にする事ではありません」


「そう言っていただけると心が少し軽くなります。

 短い間でしたが、私もドロヘダ伯爵家で侍女の末席に加えていただいていました。

 貴族には、自分の意思だけではどうしようもない事があると理解しています。

 約束していた代価を渡せない場合もありえます。

 その時には、代価の極一部にもならない些少なモノで申し訳ないですが、私の命で支払わせていただけないでしょうか?」


「ハーパー公子が私とした約束を、アメリアさんの命で支払うと言うのは、少々払い過ぎではありませんか?」


「リアム様の過分な評価はありがたいのです。

 ですが、この国では平民の命など安い物です。

 S級冒険者であられるリアム様の秘術に値するものではありません。

 命を救っていただいた代価は、命で支払わせていただけませんか?」


 軟弱なハーパーにはもったいない女傑だ。

 見た目はとても嫋やかな美少女なのに、心根は騎士道精神に匹敵する。

 こんな女性に心から仕えられたら、男なら誰でも骨抜きにされるだろう。


「子供の俺が口にする事ではありませんが、命で代価を支払うと言うのなら、性奴隷のような扱いを受けてもかまわないと思われますよ?」


「誇り高いS級冒険者のリアム様が、そのような事を言われるはずがありません。

 命懸けで仕える使用人として、側に置いてくださると信じています。


「アメリアさんにはまいりましたね。

 騎士顔負けの誇りと忠義だけでなく、頭まで良いのですね。

 ハーパーのようなボンボン貴族にはもったいない女性ですね」


「ハーパー様は貴族な中ではとても善良な方ですわ」


「善良なのではなく軟弱なのだと思うのですが、モノは言いようですね」


「理想の貴族を求めて民が苦しむようでは意味がありません。

 平民は現実にあわせて生きて行くしかないのです」


「それがハーパーの求婚を受ける選択ですか?」


「何度もお断わりしたのですが、聞き入れてくださいませんでした。

 黙って伯爵家から逃げるべきだとは分かってはいたのです。

 ……仕えると決めた家に忠義を尽くすことなく逃げる訳にはいきませんでした」


「アメリアさんは平民の出だと聞いているのですが、本当ですか?」


「没落した騎士家の末裔と聞いていますが、本当かどうか分かりません。

 ただ、厳しく忠義を躾けられました」

 

「そうですか、騎士の末裔ですか。

 今のこの国では、王侯貴族よりも騎士の末裔の方が誇り高いようですね」


「さあ、それはどうでしょうか。

 私も全ての王侯貴族にお会いさせて頂いたわけではありません。

 没落されたと口にされている方々も、本当の事を申されているとは限りません」


「そうですね、推測だけで非難してはいけませんね。

 意味のない一般論は止めさせていただきます。

 それよりは、これからの事を話させていただきたいのですが、いいですか?」


「はい、命を代価にする話を決めて頂ければ助かります」


「私としては、アメリアさんのような方に仕えてもらえるのなら、ドロヘダ伯爵家の年収3年分よりもはるかに価値があります。

 ハーパーが奴隷契約を破棄し、代価も支払わない時には、アメリアさんの命、忠誠心をもらう事にします」


 俺の言葉にアメリアだけでなく四人の侍女と姫騎士も息を飲んだ。

 ハーパーの奴隷契約は聞いていたようだが、代価がドロヘダ伯爵家の年収3年分だとは聞いていなかったようだ。


 同時に、俺がアメリアの忠誠心をドロヘダ伯爵家の年収3年分以上に評価している事に、とても驚いたようだ。


「そこまで評価していただけると、リアム様の侍女に対する基準が怖くなります」


「それほど厳しい基準ではないつもりですが、それは実際に仕える事になってから判断してください。

 それよりも先に話し合っておかなければいけない事があります。

 ハーパーがドロヘダ伯爵家の年収3年分を持ってきた時はどうしますか?

 俺としては突き返してアメリアさんを侍女にしたいですが、アメリアさんの気持ちを無視するわけにもいきません」


「……本心では突き返して頂きたいです。

 私に領民の汗と涙の結晶である税金3年分の価値などありません。

 ですが、ドロヘダ伯爵家の使用人としての忠義を捨てる訳にも行きません。

 偏ってはいますが、ハーパー様の愛情を踏みにじる訳にもいきません。

 私にできる事で、領民に返していこうと思います」


 どれほど厳しいいばらの道であろうと、ハーパーの妻となり、一生領民のために生きて行く覚悟なのだろう。


 同時にハーパーへの愛情と忠義も両立させる気だ。

 どのような方法で領民に返していくのか興味はあるが、だからといって、自分の興味のためにアメリアにいばらの道を歩ませる訳にはいかない。


「アメリアさんがその覚悟なら、仕方がありませんね。

 正直な気持ちを言えば、私はとても大金持ちなので、ドロヘダ伯爵家の年収3年分などはした金なのです。

 いつでも稼げるお金よりは、忠義の使用人の方がはるかに価値があります。

 できる事ならどのような手段を使ってもアメリアさんを取り込みたいです。

 ですが、忠義に人を苦しめる卑劣漢になるのも嫌です。

 ハーパーがお金を持ってきた時は受け取りましょう。

 ところで、ハーパーが従妹を殺して戻ってきた場合はどうします?」


「……その時は、申し訳ないのですが、私の命を代価にハーパー様の奴隷契約を無効にして頂けませんか?

 私の命のために、ハーパー様を奴隷にするわけにはいきません。

 それに、辺境伯家の恨みをハーパー様に向けさせるわけにもいきません。

 私がハーパー様を操ってやらせた、あるいは毒を盛られた恨みを晴らすために、私が直接殺した事にしていただけませんか?」


「辺境伯家の令嬢を殺した平民を、俺がかくまう事にしろというのですか?」


「厚かましいお願いなのは重々承知しています。

 ですが、主家に忠義を尽くしたい愚かな女の願いを聞き届けてもらえませんか?

 偏った迷惑な愛情ですが、ハーパー様が私を愛してくださったのは確かです。

 その上で、私の復讐をするために従妹姫を殺してくださったのなら、私も忠義でお返しするしかありません。

 ハーパー様をリアム様の奴隷にさせる訳にはいきません。

 辺境伯に殺させるわけにもいきません。

 ドロヘダ伯爵家を辺境伯家の潰させるわけにもいきません。

 リアム様が私の忠義を評価してくださるのでしたら、お願いします」


「俺も全く言い訳のできない理由で辺境伯家に喧嘩は売れません。

 この国の法律は理不尽だとは思いますが、王侯貴族が平民を殺す事は許されても、平民が王侯貴族を傷つける事は許されません。

 アメリアさんが辺境伯家の令嬢を殺した事にするのなら、俺はアメリアさんをこの砦から追放しなければいけません。

 それでもハーパーの代わりに辺境伯令嬢殺しの罪を被るのですか?」


「はい、よろこんでやらせていただきます」


「分かりました。

 あのハーパーに、辺境伯令嬢を殺すほどの才覚はないと思いますが、もし本当にその様な状態になったら、アメリアさんが令嬢を殺した事にします」


「ありがとうございます、心から感謝します」

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