第12話:自由
バレンシア王国暦243年4月16日:エディン大魔境
「すごい、すごい、すごい、こんなの初めて!
サクラ、もっと早く走って!」
ソフィアが思いっきりはしゃいでいる。
ソフィアは毒殺されかけていたのを俺が助けてやった。
そのお陰で、父親であるマスターグレイソンは俺の言いなりだ。
ソフィアは毒を盛られてからずっと寝たきりだったから、大魔境を颯爽と駆けるのが楽しくてしようがないのだろう。
「あんまりはしゃぎ過ぎるなよ。
魔術で身体は回復させたが、まだ脳と回復された神経や筋肉が馴染んでいない。
頭で思った事と実際にできる事が違うからな」
「うん、わかった、リアムお兄ちゃん」
リアムお兄ちゃんか、まるで妹だな。
妹か……可愛いな。
前世ではクソ生意気で金を集るしか能のない弟だけだったからな。
莫大な量の魔力を使って治療したんだ。
可愛い妹分くらい手に入れても罰は当たらない。
「サクラ、サクラ、あのお花取って、あんなきれいなお花初めて見た!」
巨大なナメクジのようなと言ったらサクラに失礼な表現だが、上に乗っているソフィアに一切の振動を与えずに移動しようと思えば、その姿しかなかった。
馬型や竜型だとどうしても振動してしまうし、跨らないといけない。
象型の上にイスやベッドをもうけても同じだ。
だが巨大なナメクジ型にして背中にベッドをもうければ、振動なしに乗れる。
何か危険があれば、直ぐに覆い隠して護ってあげられる。
ソフィアが欲しがっている花も、サクラが身体の一部触手のように伸ばせば、簡単に採ることができる。
今もソフィアに気付かれない間に、近寄ってきた魔獣を斃している。
斃した魔獣は身体に取り込んで保管しておいてくれる。
鹿型の魔獣だったから、料理の仕方によって淡白な肉も美味しく食べられる。
「ソフィア、何か食べたい物はあるか?」
「……ソフィアお肉は食べたくないの。
お魚や虫も食べたくないの。
お野菜や果物だけ食べるのはダメかな……」
「それは構わないが、俺やサクラは遠慮せずに肉も魚も食べるぞ」
「うん、それはいいの」
「だったらサクラが保管している果物と野菜を出してもらおう。
牛乳や山羊乳なら命を奪っていないから食べられるか?
乳を使ったポタージュスープは絶品だぞ」
「うん、食べる、サクラ、果物出して。
サクラの出してくれる果物はとても美味しいの!」
サクラは前世のメロンやリンゴ、柿や梨に似た果物を次々と出してくれる。
だが、とても残念な事なのだが、前世日本の果物ほど甘くない。
旨味と酸味のバランスも悪い。
それでも、祖母が裏庭で作って食べさせてくれた真桑瓜くらいの甘さはある。
この世界で生まれ育った人間にとっては、目が飛び出るくらい甘くて美味しいご馳走だろう。
「美味しい、凄く美味しい!
お父さんにも食べさせてあげたいな……」
「残念だが、今クリントンに戻ったらまた命を狙われる。
お父さんもそれを心配してソフィアを俺に預けたのだ。
クリントン一族を排除して安全を確保できるか、お父さんがロアノークに逃げて来るまでは、ソフィアは死んだ事にしておかないといけない」
「……うん、分かっているわ」
かわいそうに、よほど厳しい環境で育ってきたのだろう。
八歳の少女にしては聞き分けが良過ぎる。
この世界全体が子供に厳しいのかもしれないが、ちょっとソフィアに肩入れしたくなる。
マスターグレイソンも年齢の割に老け過ぎている。
最初の印象ではもっと年寄りだと思ったのだが、まだ三十八歳だった。
ソフィアが重い病にかかって一気に老けたと、苦々しく笑っていたな。
事情が分かれば、敵視し続ける事などできない。
ソフィアの為にも最低限の手助けくらいはしてやらないといけない。
父親が死んでしまって哀しむソフィアは絶対に見たくない。
「心配しなくても直ぐに決着がつく。
ソフィアの事がなければ、マスターグレイソンもクリントン一族に言いなりになる必要はない。
問題を起こした冒険者全員を追放する事ができる」
「……私がお父さんのお足を引っ張っていたの?」
「足を引っ張っていたのではなく、大切にされていたのだ。
卑怯下劣な奴は、人の大切なモノを狙って来る。
だから大切なモノは大事に隠しておかなければならない。
少し寂しいとは思うが、我慢しなくてはいけないよ」
「……うん、ソフィアがまんする……」
「大丈夫ですよ、ソフィア。
私の分身体がクリントンに残ってマスターグレイソンを護っています。
相手がエンシェントドラゴンであろうと、マスターグレイソンには傷一つ付けさせませんから、安心してください」
「うん、サクラママ!」
サクラが身体の一部を人型に変えてソフィアを慰めた。
その人型にソフィアが抱きついで顔を埋めている。
ソフィアの話しを聞いてできるだけ母親に似せた人型だ。
甘えたくなる気持ちもわかる。
それにしても、俺以外の前では一切言葉を話さなかったサクラが、他の目がないとはいえ、ソフィアのために言葉を話すとは思わなかった。
正直少々焼けるぞ!
とは言え、この身体には前世で六十年生きた記憶と知識がある。
今の身体が十歳とは言え、八歳の幼女に焼餅を焼くわけにはいかない。
それはいくら何でもプライドが許さない。
しかたがないから、ソフィアが満足するまで自由にさせておく。
何時までも未練がましく見ているわけにもいかないから、料理を作る。
ソフィアへの腹いせで焼肉を食べる訳ではない。
俺はこんな事になる前から焼肉が食べたかったのだ。
ウシ型魔獣のタンを薄くスライスして、この世界のネギに似た野菜とゴマ油と一緒に食べる葱塩牛タンが食べたかったのだ!
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