第26話 決着
男がゆっくりと起き上がった。神坂は男に駆け寄ると同時に助走をつけ、その勢いで男の腹部に右脚で思いっきり蹴りを入れた。
「さっきのお返しだ」
男の体は大きく後ろへ飛び、地面を転がった。何回転かして男は仰向けに倒れる。
神坂はすかさず男に近づき、男の上に覆いかぶさるようにして顔めがけて上から拳を振り下ろす。男は間一髪で顔を横にずらしてそれをかわす。
今度は男が寝転んだ姿勢のまま、神坂の腹部に膝蹴りを入れる。膝蹴りをまともに喰らった神坂はふらつきながら地面にひざまづいた。
男はすぐさま立ち上がり、空へ逃れようとする。しかし神坂が男の両腕を掴んでそれを止めた。
「今度は、逃がさない」
「死に損ないが何言ってんだ」
男が左膝蹴りを神坂の腹部めがけて放つが、神坂は左手でそれを受け止める。神坂は男の左膝と右腕からすぐに手を離して、片足立ちになった男の体に蹴りをいれる。
しかし男はそれを瞬時に両腕で防いだ。神坂の蹴りを受け、男は後ろへ下がる。そこを神坂がさらに距離を詰めようと前へ踏み込む。男は神坂を迎え撃とうと右脚で蹴りの構えをとった。
神坂は蹴りが放たれる前に、回避行動をとった。次の瞬間、男の右脚が空を切る。
「クソが」
「それはもうネタが割れてる」
男が放つ急加速する蹴りの正体。それは圧縮ガスを使った、ある種のドーピングのようなものだった。方法はいたって簡単。男が蹴りを入れる瞬間、かかとやふくらはぎからCO2ガスを噴射して無理矢理蹴りを速くするというもの。
気づいてみれば、そこまで難しいことでもなかった。俺もガスの能力があったら一度は思いつくような使い方だ。
そこから神坂は男の顔面に右拳を入れる。男は顔を殴られたことに一切構わず、神坂に今度は左脚で蹴りを入れる。両者はともにのけぞって地面に倒れた。
二人はすぐに起き上がって、そこから激しい格闘戦が始まった。しばらくは拮抗していたが、戦況は神坂のほうに傾きつつあった。男の顔にも余裕がなくなってきている。神坂は男に逃げる隙を与えないよう、間髪入れずに蹴りや拳を入れ続ける。
このまま、押し切る!
その時、千載一遇のチャンスが不意に訪れる。男がふらついてガードをゆるめた。神坂はありったけの力を込めて、男の顔面に左拳を叩き込んだ。
だが神坂の渾身の左ストレートは男の左手に阻まれた。
「今、俺に勝てると思っただろ?」
男はそのまま神坂の左手を掴みながら、右手を神坂の腹に当てた。
そこからは一瞬だった。
神坂の体は後ろへ猛スピードで飛ばされ、それから地面を滑って仰向けに倒れた。腹部がやけに熱い。神坂はその場で血を吐いた。体に力が入らない。
男が手から放ったのは、圧縮されたCO2ガス。原理は急加速する蹴りと同じ。今のはただ神坂に直接それを噴射しただけに過ぎなかった。神坂は倒れてからそれに気づく。しかし、もう遅い。
「ネタは割れたんじゃなかったのか?」
「…………」
男は神坂に悪態をつきながら、空へと上っていく。
何を言っているかはわからない、男の声だけでなく周りの音も聞こえなくなってきた。
男の姿が段々と遠くなっていく。
神坂はそれをただ眺めることしかできなかった。
俺、今度こそ本当にもう……死ぬんだな。
神坂は空を見上げた。
雲一つない綺麗な空、太陽の光が眩しい。
(あなたに光の万能を与えます)
そうだ、思い出した。
これが、俺の万能……。
神坂はゆっくりと立ち上がり、右手の指を揃えて腕ごと真っ直ぐ伸ばし、空にいる男に向けた。さらに右腕が下がらないよう、左腕を右腕の下に支えるようにして添える。
その時、神坂の髪が金色から黒へ、瞳は青から赤に変わった。
「何だ? 何をするつもりだ」
神坂の指先から光が帯となって、一直線に突き進む。そのまま光は男の胸を貫いた。
「嘘……だろ?」
男は胸から一筋の血を流し、真っ逆さまに地面に落ちた。
まさか、倒したのか?
神坂は体に鞭を打って男のもとへ走った。
早く行かないと。
この男にはまだ、聞きたいことがある。
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