第38話 二人目の転生者
シンは目の前に立ち並ぶ建造物や通路を見て、病院からこの街を見ていた時に感じた違和感の正体に気がついた。
まず建物の造りである。旧市街地では全て木造だったが、この新都市ではほぼ全ての建物が石もしくはレンガのような素材で造られている。さらに壁や屋根、窓などには装飾が施され、旧市街地と比べて華やかな印象を受ける。端的に言うと新都市の建物の方が、質が良いように見えた。質素な外観の建物しかなかった旧市街地とはまるで正反対だった。
「空気が澄んでる」
次にシンの感じたことがそれだった。旧市街地では建物がある場所以外は、土が剥き出しになっていた。つまり、道が整備されていない。故に土煙がよく舞う。その影響で外出すると息苦しくなったり、景色が霞みがかったりすことも少なくなかった。しかし、新都市では道には全面に石畳が敷かれていて砂煙ひとつ舞う様子もない。
そして、シンが最も驚いたのは。
「人通りが多いな」
街を行き交う人間の数にシンは目を丸くした。広い通路を馬車や人が忙しなく通り過ぎていく。店の呼び込みや露店の掛け声、通行人同士の会話。絶えず人の声が聞こえる。ランテスまでとはいかないが、なかなかの賑わいだ。
旧市街地とは大違いだな。
向こうでは、外を出歩いている人はほとんど見かけなかった。
シンは男から買ったエルパを食べながら、街の中へと歩みを進める。味は、美味しい。桃とリンゴとざくろを程よくブレンドしたような感じだ。
「これは美味い」
もっと買っておくべきだった。
いや、今はそんなことはどうでもいい。
バーツ邸の場所はどこだ?
シンは偶然近くにあった果物屋の露店の店主に尋ねてみることにした。
「あの、すみません」
「へいらっしゃい。何にします?」
「いえ、買い物じゃなくて。少しお聞きしたいことがあるのですが」
「ん? 何だい? 言ってみな」
店主の男は気前よくそう答えた。
「バーツ邸に行きたいのですが、場所を教えていただけませんか?」
「いっ!? おいおい」
店主は慌ててシンの肩を抱え、小走りで露店の裏へ連れていった。そして二人して露店の棚の影にしゃがみ込む。
「ちょっと、お兄さんダメでしょ。あんな大きな声で言っちゃって。市警に聞かれたらどうすんの?」
「すみません。でも、どうして言っちゃいけないんですか?」
はぁとわざとらしくシンに見せつけるように、ため息をつく店主。
「お兄さん、さては遠国から来たな。ここに来るまでに誰かから教わらなかったの? ダメだよ、その言い方は。あの方の名前を軽々しく口にするのはここではタブーとされてんの。わかった?」
「わかり……ました。じゃあ、何と言えば」
「ここでは本邸と呼んでいる」
「あんまり変わらなくないですか?」
シンは不服そうに言う。
「俺もそう思うんだけどさぁ、前にそう呼んで罰せられた奴がいるんだよ」
「そんなことで? まぁ事情はわかりました。それで、本邸はどこにあるんですか?」
店主は面倒そうな顔をした。
「てかさぁ、お兄さん何でそこに行きたいわけ?」
「知り合いに会いに行くんですよ」
そう言ったシンの目は本気だった。店主はそれを見て何かを悟る。
「女か?」
「えぇ、まぁ」
「そうか。残念だがその女はもう戻らないよ。悪いことは言わない、諦めな」
「そういう訳にはいかないんですよね」
またも強い眼差しでシンは店主の目を見る。その意思の固さに店主は根負けした。
「わぁったよ、教える。いいか? この店の目の前に大きい通り、あるだろ? これを真っ直ぐ進んで、そんで四番目の十字路を左に曲がる。そんで、また真っ直ぐ。次は九番目の十字路を右だ。あとはひたすら真っ直ぐ行く。そしたら森に出る。その森の中には長い一本道があって、その先に本邸がある」
「わかりました。ご丁寧にありがとうございます」
店主は後悔しているような、吹っ切れたような顔をした。
シンは立ち上がって露店に置いてあったエルパを指差して言う。
「これ、ひとついただけますか?」
「まいどあり。ちょっと待ってな」
「お釣りなら、いりません」
「いや、そういうわけにはいかないね」
店主は強い口調で言った。
「まぁ情報料ってことで、貰っておいてくださいよ」
「ダメだ。お兄さん、お金は大事にしなきゃいけねぇ。いい加減にしてちゃあ、必要な分もどっかに逃げちまうぞ」
「は、はい」
シンは店主からお釣りを受け取った。
「なぁ、お兄さん」
「はい?」
「また買いに来なよ」
シンは口元に少しだけ笑みを浮かべて、店主に背を向けて去っていった。
「やっぱり美味いな、これ」
それからシンはエルパを食べながら店主の言う通りに道を辿った。九番目の十字路を曲がったあたりで、シンは妙な胸騒ぎがしていた。もしかして、あの場所へ行くことを恐れているのだろうか。いや、そんなことはない。シンの精神はこれ以上ないくらいに落ち着いていた。
この何とも言えない不思議な感覚。この感覚にシンはかつて陥ったことがある。これは、恐らく。
そうしているうちに街を出て、ついに正面に広大な森が現れた。店主が言っていた通り、一本の道が森の奥深くまで続いている。
ここで遂に、さっきからずっと感じていた妙な胸騒ぎの正体が判明する。
この感覚、間違いない。
「この先に、転生者がいる」
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