第20話 悲劇の根源

 神坂は道に散らばった瓦礫を避けながら、ひたすら気配のする方へ進み続ける。すると、数十メートル前方に人のような姿をしたものが見えた。


「あれ? 誰か居る」


 少しずつ走るペースを落としながら、神坂は人らしきものの側まで近づいてみる。


「おーい! ハル! どこにいるんだ?」

「あの、どうかしましたか?」


 そこに居たのは二十代後半くらいの男性。どうも誰かを探しているようだった。


「ハルが。いえ、娘とはぐれてしまって」


 声はひどく掠れていて、目は泣き腫らしたようで真っ赤になっている。顔も完全に焦燥しきっている様子だ。


(実はオレさ、この前二人目が産まれたんだよ)


 異世界に来る前、地元の友達と飲んでいた時の会話を神坂はふと思い出した。


 確か、小学校からの腐れ縁の仲居がそう言ってたっけ。


 仲居があんなに嬉しそうな顔するの、結構珍しいんだよな。


「俺も探します」


 子どもと離れ離れなんて、アイツなら耐えられないと思う。


「すみません」

「謝るようなことじゃないですよ」


 神坂は男と手分けして周辺をくまなく探してみるが、子どもどころか人がいる気配すらなかった。外はあらかた見たので、今度はまだ倒壊していない建物の中を探すことにした。


 神坂が建物へ入ると、そこには木のラックのようなものや棚があって、そこに服が大量にかけられている。ラックは室内のいたる場所にあった。おそらくここは服屋だろうと思われる。

 

「ハルちゃーん! いたら返事して!」


 返事がない。一応、棚の後ろやラックの裏も入口から順番に確認していく。店の一番奥の棚の後ろのわずかな隙間を見ると、いた。小さな女の子がうずくまっている。


「もしかして、ハルちゃん?」

 女の子は小さく頷いた。警戒しているせいか、表情が硬い。よく見ると体が小刻みに震えている。恐怖で声が出せないようだ。


「大丈夫。俺、お父さんと知り合いだから。あっちにお父さんいるから、一緒に行こう」

 神坂は女の子の手を引いて、店を出た。


「お父さん! ハルちゃん居ました! こっちです!」

 神坂の声を聞いた男が慌てて駆け寄り、女の子の体を思いっきり抱きしめる。


「ハル! 良かった。大丈夫か? どこかケガしてないか?」

 父親を見て安心したのか、女の子の顔がパッと明るくなった。それから父親の問いかけに丁寧にうんうんと元気よく返事をしている。男は目に涙を浮かべながら、女の子の頭を優しく何度も撫でていた。それから男は神坂を見て深々と頭を下げた。


「ありがとうございます。なんとお礼して良いものか」

「いえ、気にしないでください。それより、ここからなるべく遠くへ逃げてください。向こうの方ならまだ安全ですから」

 神坂はそう言って、さっき自分が走ってきた方向を指差した。


「そうですか。では、あなたも一緒に」

「俺はやる事があるので、先に行ってください。では、お気をつけて」

 男が返事をする間もなく、神坂は自分の指差した方と反対へ走り出す。

  

 前に進むにつれて街の荒廃が加速しているのが目に見えてわかった。逃げ惑う人や火を消そうとしている人達の姿を横目に、神坂はただ走り続ける。


「これからって時なのに、どうして……?」

 走っている最中、神坂は年配の女性が跡形もなくなった店の前で跪いて涙を流しているところを見かけた。


 神坂は止まることなく顔を歪ませながら、その脇を抜けた。


 気配がかなり近くなってきてる。


 もうそろそろ、姿が見えるはずだ。


 でも、何でこんなことがわかるんだろう?


 無意識にそういう魔法を使っているのか。


 いや、違う。ルーカスさんはあの時、気配に気づいている様子はなかった。


 あの場で俺だけがそれに気づいていた。


 どうして?


 ルーカスさんによると、転生者は別の世界から来た存在かもしれないんだよな。


 もしかして、俺もそうなのか?


 神坂は走りながら、これまで起きたことを頭の中で整理していた。


 考えがまとまらないまま、それでも足だけは前へ進める。


 目の前には街の残骸以外、特に何もない。


 いや、誰かいる。


 神坂はその場で立ち止まった。


「よぉ、やっと会えたな」


 声の主は神坂の頭上数メートル、やや前方の位置に立っていた。そこに誰かが立てるようなスペースはどこにもない。そこにはただ空があるだけだ。


 つまり端的に言うと、空中に人が立っている。


 一人の男が、宙に浮いていた。

 


 

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