第30話 涙の訳
「それじゃ、僕たちはそろそろ帰るよ。シンくんも病室に戻ってゆっくりするといい」
「そうですね。ユキトさん、今日は来てくれてありがとうございました」
挨拶を終えたユキトは、イズミとハルルの元へ歩いて行った。そしてユキトとイズミは揃ってシンに一礼する。ハルルはシンに向かって笑顔で手を振っていた。シンもベンチから立ち上がって、三人に深くお辞儀をする。
三人が去って、シンは一人病院の庭に佇む。
「うぅ、寒い」
冷たい風がシンの体に吹き付ける。
キヨミヤ一家、みんな良い人だな。
本当は感謝されるような立場なんかじゃない。
そもそも俺があの街に来さえしなければ、こんなことにならなくて済んだのかもな。
「ちょっと! シンさん、こんなところで何してるんですか?」
いつもの白服の女性が大声を上げながら、シンのもとへ駆け寄って来た。
風で髪が乱れているが、そんなのちっともマイナス要素にならない程の顔立ちの良さ。すらっとした体型で、綺麗というよりも可愛いという印象の二十代前半くらいの女性。名前はエレナ。彼女が入院初日からシンの看病を担当してる。
「エレナさん、すみません。ちょっと外の空気が吸いたくなって」
「もー。それなら私に言ってくれれば一緒に外に行ったのに。一人で外に出ちゃダメですからね」
エレナはそう言って、持っていたブランケットのような物をシンの肩にかける。
「じゃあ外は寒いので、もう中に入りましょ」
エレナはシンの肩を両手でしっかり抱きながら、病室に戻るよう促す。シンがそれに従って歩き出そうとすると、エレナがシンに体をぴたりと密着させてきた。エレナの体温がシンに伝わる。
「ちょっと、エレナさん。俺、一人で歩けますから」
「ダメですよー。頭では大丈夫と思っていても、体が動かないことだってありますから」
「いや、俺の体も大丈夫って言ってるんで」
「そんなの気のせいでーす」
エレナはさらにシンの体を自分に寄せて、グイグイ歩いていく。
そういうことじゃないんだけどな。
「もう好きにしてください」
シンはエレナに身を委ねた。
「じゃあ、ちゃんと安静にしててくださいね」
エレナはシンをベッドに寝かせて部屋を出て行った。
シンはすぐにベッドから起きて、窓の外を見る。
「ダメだ、ここからじゃ見えない」
シンはあの新しい街のことが、ずっと頭に引っかかっていた。ベッドに寝転んでしばらく考え込んでいると、エレナが台車を押して部屋に入ってきた。
「シンさん、お昼ご飯ですよー」
「もうそんな時間ですか」
エレナがベッドの横にサイドテーブルを用意し、台車に乗せられていた料理をそこへ移す。メニューはパンとサラダ、それに何かの肉を煮たシチューのようなもの。エレナは料理を並べ終えた後、申し訳なさそうな顔をして言う。
「いつも同じような料理ですみません」
「何でですか? 美味しいじゃないですか。俺これ好きですよ」
料理を頬張りながら、優しい笑顔でシンはそう言った。
「シンくんって、時々そういうところあるよね」
「え? 何がですか?」
「たまに大人の男の人に見える時がある」
「ははは、気のせいじゃないですか?」
エレナは顔を寄せて、シンの瞳をじっと見つめる。
どういうことだ?
まさか俺が転生者であることを疑ってる、のか?
今俺の目、どうなってる?
「褒めてるんだけどなー」
「はぁ……。あ、ありがとうございます」
シンの態度にエレナは少し拗ねたような顔をした。
「じゃ、そろそろ私行きますね。お皿は後で取りにきます」
エレナはそう言って、そそくさと部屋を出て行った。
「何だったんだ? さっきの」
今日のエレナさん、なんか様子がおかしかったな。
それより、あの街のことがやっぱり気になる……。
「明日もう一度、庭に行ってみるか」
翌日、シンはベッド横の棚に置いてあるベルでエレナを呼んだ。いつもならすぐに来るのだが、今日は何度鳴らしても来ない。
「来ないなら仕方ない。一人で行こう」
シンが庭に出ると、そこには人影がひとつあった。
人影はシンのいる場所から少し遠いところにあり、ここからでは誰がいるのか判別できない。
こういう時は、アレだな。
シンは〝強化視野〟の魔法を使って人影を注視した。
「ん? エレナさん?」
虚ろな瞳で、目の周りが少し赤くなっているように見える。シンのいる位置からではエレナの横顔をわずかに捉えることしかできず、それ以上はよくわからなかった。
「泣いていたのか?」
シンはエレナの元へゆっくりと歩いていった。
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