第31話 後悔
「こんなところで何してるんですか?」
「え!? シン……くん? 何で……?」
エレナは困惑してその場で固まる。
「気分転換に外の風にでも当たろうかなと思って。エレナさん、呼んでも来ないから一人で来ちゃいました」
シンはそう言って悪戯っぽく笑った。
「そう、ですか。すみません」
「何かあったんですか?」
エレナはシンから目を逸らす。
「いえ、何でもないです」
「そうは見えないですけどね。そうだ、エレナさん。俺と少し、散歩しませんか?」
シンの提案にエレナは小さく頷く。それから二人で庭の周りを少しずつ時間をかけて歩いた。二人が会話を交わすことはなく、静かで平穏な時がしばらく流れる。先に沈黙を破ったのはエレナだった。
「あの、見てました?」
「何がですか?」
何の事かわかっていたが、シンはわざとわからないフリをした。しかし返事に若干の間があったせいで、エレナにそれを見抜かれる。
「見てたでしょ」
「……はい」
シンはそれだけ言って、後は何も言わなかった。二人はまた歩き出し、再び沈黙の時間が訪れる。
「何も聞かないんですか?」
「人には知られたくないこともありますから。でも、もし一人で抱え込んで、それでエレナさんの心が押しつぶされそうになっているなら。俺に話してください。それでエレナさんの心が少しでも軽くなるなら、俺、どんな話でも最後まで聞きます」
シンは真剣な表情でエレナを真っ直ぐに見つめる。エレナはハッと驚いたような反応をして、それから悲しいのか嬉しいのか、どちらともとれないような表情でシンを見つめ返した。
「シンくん、ずるいよ……そんなの」
「ん?」
シンにはエレナの言葉の意味がわからなかった。
「そんなこと言われたら、私……」
「エレナ……さん?」
エレナが突然立ち止まって俯いた。シンは次のエレナの言葉をじっと待つ。
「シンくん!」
エレナが突然シンの胸に飛び込んできた。シンはどうしていいかわからず、そのまま立ち尽くす。エレナはシンの胸の中で泣いていた。シンは戸惑いながらも、そっとエレナの体を抱き寄せた。
エレナが泣き止んだ頃を見計らって、シンが穏やかな口調で声をかける。
「落ち着きましたか?」
「……うん。え? あ! す、すみません!」
エレナは我に帰って、シンから飛び退いた。
よし、いつものエレナさんだな。
「それじゃ、俺は病室に戻りますね」
エレナに背を向けて、その場から立ち去ろうとするシンの服の袖をエレナが掴んだ。
「シンくん待って! 聞いて欲しい話があるの」
シンは振り返って、少し考え込んだ。
「俺でいいんですか?」
「シンくんがいい。シンくんじゃないとダメなの……」
エレナは不安そうな顔でシンの返事を待つ。
「わかりました。その話、聞かせてください」
二人は庭の隅にあるベンチに腰掛けた。
「私にはリザという幼馴染の親友がいて、この病院で一緒に働いていました。ですがつい最近、リザが急に病院に来なくなってしまって。心配になって家に行ってみたんですけど、何日か前から帰っていないみたいなんです」
「それって、失踪したってことですか?」
あまり悪い想像をしたくはないが、シンは思ったことを率直に聞いた。
「わかりません。ただ、リザがいなくなる前、少し様子がおかしかったような」
「おかしい?」
エレナは気のせいかもしれませんがと前置きをしてから話し始めた。
「はい。普段はしっかりした子なんですけど。今思えばいなくなる直前、ボーッとすることが増えたり、些細なミスを繰り返したりしていて。それに、なんとなく元気がないというか。もしかしたら、何かに悩んでいたのかもしれません」
「そうですか」
エレナの顔が歪んだ。今にも泣き出しそうな表情をして下を向いている。
「私、何で気がつかなかったんだろう? あの時、どうしたのって声をかけていたら。何か変わっていたかもしれないのに……。私が頼りないから、リザは私に相談できなかったんだと思います。私のせいでリザは……」
「それは違うと思います」
シンは隣で落ち込んでいるエレナを横目に見ながら言う。
「え?」
「エレナさんが大好きだから、なんだと思います。だって、好きな人に心配かけたくないじゃないですか」
エレナはまたハッとした顔でシンを見た。
「シンくん……、ありがとう」
「いい人なんでしょうね。俺もリザさんに会ってみたいな」
シンが空を見上げてそう言う。
「あっ、それなら」
エレナは服のポケットから一枚の写真を取り出してシンに見せた。
「へぇ、これがリザさん?」
「はい。学生時代のものなので、少し古いですが」
そこには若い頃のリザとエレナが、大きな建物の門の前で、二人で並んでいるところが写っている。右側にエレナ、左側にリザが立っている。リザはキリッとした顔にグラマラスなスタイルという印象。可愛くてスレンダーなエレナとは対照的な女性である。
「へぇ、二人とも楽しそう。お互いに相手を大事に思っているんでしょうね。写真を見ただけでわかりますよ。そうだ、これ少し借りてもいいですか?」
「はい、いいですけど」
シンの意図がわからず、エレナはポカンとした顔をしながらも快く承諾した。
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