第32話 失踪の真相
次の日、エレナは病院を休んだ。代わりにその日のシンの検診は、ミアという別の女性が担当することになった。ミアはシンを苗字で呼ぶのだが、コウサカのウがどうも発音しにくいみたいだ。
「はい大丈夫です。コーサカさん、順調に回復していますね。退院もそう遠くないと思います」
「そうですか。ありがとうございます。あの、ミアさん」
用が済んで病室を出ていこうとするミアを、シンが引き止める。
「どうかしましたか?」
「ここでリザさんという方が働いていると聞いたんですが」
「リザ、ですか?」
ミアはピンときていないような反応をした。
「この写真の左側の人なんですけど」
シンはミアに写真を見せた。
「あぁ! エリザベスさんのことですか。そういえば、エレナがそう呼んでいましたね。彼女なら、もう退職しましたよ」
「え? そうなんですか。ちなみに理由は何だったかわかりますか?」
ミアはシンの耳元に口を寄せて、囁くように話す。
「ここだけの話なんですけど、エリザベスさんはバーツ邸に使用人として雇われたらしいんですよ」
「バーツ邸?」
シンには何の事を言っているのかさっぱりわからなかった。その反応を見てミアが補足する。
「そっか、コーサカさんは外から来たから知らないんですね。この街でトップの実業家アルフレド・バーツという方の館です。ここではあの人に逆らえる人はいません」
「へぇ、なんか含みのある言い方ですね。どうして逆らえないんですか?」
ミアはシンの言葉に目を見開いた。そしてさらに口をシンの耳元に近づけて小声で話す。
「コーサカさん、話が早いですね。それはですね。彼はこの辺一帯のほとんどの企業の元締めなんです。そして彼は自分の思い通りならないことが嫌いです。なのでバーツさんからの申出を断ると、その人に厳しい経済的制裁が加えられます。だから実質、彼のお願いは拒否できないんですよ」
「ってことは、リザさんはそのバーツって人に強制的に雇われたってことですか?」
シンも同じくミアの耳元に口を近づけて、小声で質問する。
「その通りです。勘の良さそうなコーサカさんなら、それが何を意味するかわかりますよね?」
「それってまさか、愛人として自分の館に招き入れるってこと?」
ミアの求める答えをシンはわかっていた。ミアは顔に皺を寄せて小さく頷く。
「残念ですけど、そういうことです。にしてもコーサカさん、こんなに話しやすい人だったなんて。面白いです、気に入りました。他にも色々あるんですよ。もっとお話しません?」
「ありがとうございます。せっかくですけど、今日は、え、遠慮しておきます。それより、庭に行きたいんですけど。一緒にお願いできませんか?」
ミアは不思議そうな顔でシンを見た。
「へ? 私も行くんですか?」
「あれ? 庭に行くには付き添いが必要なんじゃないんですか?」
シンも怪訝そうな顔つきになる。
「え? そんな規則ありませんけど」
「そ、そうなんですか」
お互いに何が何だかという反応。それからすぐにミアは何か思い出したかのように声を上げた。
「あ! コーサカさん、さっきの話なんですけどエレナにはコレでお願いしますね。あの子がこの話を知ったら立ち直れないですから。いいですね?」
ミアはそう言いながら、自分の唇に右手の人差し指を当てた。そしてそのままその指でシンの唇にそっと触れる。
「当然です。言えるわけないですよ」
「そう言ってくれると思ってました。良い人ですね、コーサカさん。また何か知りたい事があったら何でも聞いてくださいね、私に」
意味深な笑みを浮かべて、ミアは去っていった。
シンは結局、一人で庭に向かった。
「イチ、ニー、サン、シ」
シンは体の負傷によって滞っていた日々の鍛錬をそろそろ再開することにした。少し動いてみたが、特に問題はなさそうだった。
トレーニングをしながら、色々な事が頭の中をよぎる。
なんていうか、すっきりしないな。
シンの脳裏にエレナの泣き顔が浮かぶ。
さて、どうしたもんかな。
まずは先生にお礼を言いに行くか。
なんだかんだあって、まだ行けてないからな。
その日のトレーニングのノルマを終えたシンは、先生を探して病院内を彷徨っていた。
「先生の部屋が多分どこかにあるはずなんだけど、どこだ?」
シンは一階から順に各部屋を見て回った。木造で簡素な造りの建物のため、歩くたびに床がギシギシと音を立てる。病室らしき部屋がいくつかと、大部屋が数部屋ある。大部屋はおそらく手術室や検査室だと思われる。一階を一通り回ったいたその間、何人もの入院患者とすれ違ったことにシンは驚いた。
「こんなに入院患者がいたんだな」
庭に行く時は階段から降りてすぐ外に出ることができたので、あまり見かけることはなかった。しかしこうして見ると人が不自然に多いような気がする。
しかし今は先生への挨拶が優先なので、シンは二階へ向かうことにした。
「コーサカさん、何してるんですか?」
シンが二階の廊下を歩いていると、後ろからミアが声をかけてきた。
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