第35話 独裁者
「アルフレド・バーツ……」
思った通りだ。
「彼はかつて、この街の鉱業組合が管理していた全ての山を買収した。そしてその山で採れるグラン鉱石を独占し、市場での価格を高騰させたんだ。その影響で、この街のほぼ全ての鉱業系の企業は経営難に陥ってしまってね。バーツ氏は金の力でそれらの企業を買い取って、バーツ鉱業という会社を設立。今ではこの街の約八割の企業がバーツ鉱業の傘下にある」
「そうだったんですね。じゃあ、あの新しい街は?」
シンは前からずっと気になっていたことをユキトに尋ねる。
「買収した山を利用してバーツ氏が自分好みに店や会社を配置して造った、彼の専用都市だ」
はらわたが煮えくり返るようや最悪の事実にシンは絶句した。
「彼がこの街の経済に与える影響が大きすぎて、市長も今や彼の駒となってしまっている。この街では彼の一声で全てが決まる。目をつけられたら最後、適当に罪をでっちあげられて市立警団に捕まって終わりだよ」
「酷いですね。あれ? じゃあ、この場所は?」
新しい街のことはわかった。では、今自分のいるこの閑散とした街は一体何だ。シンは頭を捻る。
「かつてのグランウェルズの中心街だよ。当時買収に反対した者や彼の方針に従わなかった者たちは新都市への進入が禁じられ、経済面で徹底的に制裁を受けるんだ」
「じゃあここにいる人達は、バーツに不当に権利と利益を奪われて、ここに閉じ込められてるってことですか?」
苦痛を浮かべた表情でシンはユキトに問う。怒りと悲しみで手と声が震える。
「そういうことになるね。ここは現在、旧市街地と呼ばれている。昔は世界でも有数の大都市だったのに。権利も富も名声も、何もかもを失った。彼の作り上げた新都市が全てを奪ったんだ」
淡々と語ってはいるが、顔つきと話し方のちょっとした変化でユキトがやるせない気持ちを抱えているはシンの目からも明らかだった。溢れ出しそうになっている負の感情を、シンはぐっと堪える。
「そう……ですか。ユキトさん、ちなみにこの話はどこで?」
「ちょっと新都市でグランニウムを仕入れようとしたついでにね」
そう言いながらユキトは苦笑した。シンはその様子が気になってユキトに尋ねる
「新都市で何かあったんですか?」
「試しに精錬後のグランニウムを一つ買ってみたんだけど、これが全然ダメでね」
ユキトは〝隔離収納〟の魔法で二枚の銅色の金属の板を取り出した。
「これがグランニウム……。というか、グランニウムって何ですか?」
「そっか、ごめん。グランニウムとは、この街の鉱山で採れるグラン鉱石から作られたレアメタルのことだよ。これは実験用にインゴットから板状に加工してある。今二枚出したんだけど、一方が十七年前にこの街で仕入れた物。もう一方が昨日の朝に新都市で仕入れた物」
ユキトは二つのグランニウムを魔法で宙に浮かせた。
「いいかい? 右が旧市街地で、左が新都市だよ。見ててね」
それからユキトはグランニウムから数十メートル離れた場所へ移動した。そしてその場で〝隔離収納〟を使い、ユキトはさらに二つの小さな鉄球のようなものを取り出す。最後に二つの鉄球もグランニウムと同様に魔法で宙に浮かせ、ユキトはシンに目で合図をした。
どうやら実験の準備が完了したようだ。
ユキトが左手で指を鳴らすと、勢いよく二つの鉄球がグランニウムに向かって飛んでいった。鉄球はグランニウムにぶつかって地面にストンと落ちる。ユキトはそれを見届けた後、グランニウムの元へと歩いていく。シンもそれに続いた。
グランニウムを確認してみると、右の板は鉄球の接触部が少し凹んで傷ついただけだった。それに対して、左の板は鉄球が接触した部分が右側より大きく凹んだだけでなく、全体が薄くひび割れている。
「これは……」
「今ぶつけたのは、アイロメタル製の金属球だ。もちろん、同じ速度で飛ばしている」
その差は歴然だった。
「グランニウムには魔法耐性が高く物理耐性が低いという特徴があるけれど、ここまで脆くはない。恐らく原因は精錬不足だ」
「つまり、粗悪品ってことですか?」
ユキトは大きく首を縦に振る。
「そういうこと。この鉱石の特性上、物理耐性を求められることなんてまず無いんだけど。だからといってこれで良いわけではないよ。昔と比べて明らかに質が落ちている」
ユキトさん、アツいな。
この人は、本物の商人だ。
「鉱業組合が管理していたら、こんな物が流通することはなかったと思う。特にオリバさんだったら、こういうのは絶対に許さなかっただろうね」
「オリバさん?」
シンが話についていけていないことに気づいて、ユキトはしまったという顔をした。
「あぁ、ごめん。十七年前に鉱業組合の組合長をしていた方だよ。今はもうすでに亡くなってるらしいんだけどね。採掘中の事故だったらしい」
「そうですか」
そう言ったユキトの表情が、シンにはどこか悲しそうに見えた。
「この街でもう商売はできないな」
ユキトは遠くの空を見ながらそう言った。
「ユキトさん……」
「退院の日にまた来るよ」
シンにそう告げてユキトは去っていった。
遠くに見える新都市を、シンはじっと見つめる。
思っていた以上に闇は深いみたいだ。
「リザさん……、エレナさん……」
シンはエレナから預かった写真を眺めて、そう呟いた。
それから次の日は特に何事もなく一日が終わり、シンは遂に退院の日の朝を迎えた。
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