第27話 手にしたものと引き換えに

 たどり着くと、男は地面に仰向けに倒れていた。瞳は青色、万能は使っていないみたいだ。手も足もグッタリしていて、もう抵抗する意思がないように見えた。


「なんだ、とどめでも刺しにきたのか? ならさっさとやれ」

「違う、あんたに聞きたいことがある。銀髪の初老の男に見覚えはあるか?」


 神坂はルーカスの行方を気にしていた。恐らくあの時、ルーカスは爆発の原因であるこの男のところへ行ったに違いないと神坂は考えていた。


「お前、あのオッサンと知り合いだったのか」

「知ってるのか。その人と何があった? その人は今どこにいる?」

 神坂は酷く動揺していて、早口で男をまくしたてる。


「は? よく聞こえねぇ。お前何言ってんのか、全然わかんねぇよ」

 

 もう一度男に質問しようとした時、男の体に異変が起きていることに神坂が気づいた。


「あんた、その体……」


 男の身体がうっすら透明になっていた。


「お前みたいなザコに負けるなんて、完全に油断したわ」


 さらに男の体は透明度を増していく。


「今回のはたまたまだ。転生者なんか他にヤバイ奴なんて、いくらでもいる。まぁ精々、苦しめ」


 そう言った後、男の体は完全に消えた。


 どうなってるんだ?


 信じがたい光景に神坂の思考が止まる。


 『転生者第898番の死亡が確認されました。現在あなたは万能を譲受する権利を所有しています。あなたは譲受する万能を選択するまたは権利を破棄することが可能です』


 何だ? どこから聞こえてる?


『選択可能な万能は、気体自在化、制空術、細菌操作、状態最適化』


 この中から選べってことか。


 えっと……、何と何と何と何だっけ?


『選択可能な万能は、気体自在化、制空術、細菌操作、状態最適化』

 

 復唱してくれるのか、意外と親切だな。


 あの男、まさか四つも万能を持っていたとは。ガスと空を飛ぶ万能は多分、アレとアレだな。


「じゃあまずは、制空術……あれ?」


 神坂は脳が直接揺れているような、奇妙な感覚に襲われた。


 戦闘による体の激しい損傷と疲労で、この時の神坂は意識をギリギリで維持している状態だった。

 

 そしてその限界がたった今、訪れた。


『制空術の譲受、承認しました。選択されなかった万能は譲受の権利を他へ移行します』


 神坂はその場で気絶した。


 気がつくと神坂は知らない部屋のベッドの上にいた。


「あ、お目覚めになられましたか。ご気分はいかがですか?」

 ベッドの横に白い服を着た若い女性が立っている。


「えっと、大丈夫です」

「それは良かったです。では、先生を呼んできますね」

 女性はそう言って部屋から出て行った。


 部屋は四畳ほどの空間に、窓が一つとベッドとその横にちょっとした棚があるだけの、質素なレイアウト。

 

 なんか、病院みたいなところだな。


 それから少しして、白い服の女性と白衣を着た年配の男性が部屋に入ってきた。どうやらここは病院で間違いないらしい。


「気分はどうかな?」

 先生は優しい表情と口調で神坂に容態を尋ねる。


「はい、大丈夫です」

「そうか、うん。では、血圧と体温と血液を診るね」

 先生はそう言って、横にいる女性に手を差し出す。女性はそれを見て先生に何かを手渡した。


 その何かとは、金属のバックルに革のベルトが付いた腕輪のようなもの。バックルには大きな宝石が三つ埋め込まれている。先生はそれを神坂の左腕にはめた。


「ちょっとだけ痛いけど、我慢してね」

「は、はい」

 左手の腕輪の内側から針で刺されたような、チクッとした痛み。それからすぐにバックルに埋め込まれた宝石が三つ同時に光った。


「うん、正常。でももうちょっと休んだほうがいいかな」

 先生はそう言って病室から出て行った。


「あの、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 白服の女性が神坂の腕輪を外しながら、少し遠慮がちに聞いてくる。


「えっと、シンです」

「あの、ごめんなさい。フルネームを教えてもらっても良いですか? カルテに記載しますので」


 苗字も必要なのか、そうだな。


「シン・コウサカです」


 本当はシンイチ・カミサカだけど、なんとなく本名を名乗る気になれなかった。


 それもそうか。姿も違うし。考え方も以前とは変わった。


 俺はすでにもう、神坂新一では無くなってしまったのかもしれない。


「ではシンさん、しばらくここでゆっくり休んでください。また様子、見にきますね」

 そう言い残して部屋を出て行こうした白服の女性を、シンが引き止める。


「あの! 治療費……。俺、お金持ってないんです。少し待ってもらえませんか? 必ず用意します」

「あぁ、それなら大丈夫ですよ。費用ならもう頂いてますので」


 え? 一体、誰から?

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