第28話 消えない痛み
「そうなんですか。その、治療費を払ってくれた人っていうのは……」
「シンさんのお知り合いだそうですよ」
俺の知り合い?
この世界で俺の知り合いと言えば、思い当たる人物は……。
「もしかして、ルーカスさんという方ですか?」
「いえ、違いますよ。その方はまだお見えになっていませんね」
じゃあ、誰なんだ?
それ以外となると、もう見当がつかない。
ちょうどその時、部屋の外から誰かがドアをノックする音が聞こえた。
「あ、噂をすればですね。どうぞー」
ドアを開けて部屋に入ってきたのは、二十代後半くらいのスーツ姿のような恰好をした男性。
「どうも。あ、気がついたんですね。良かった。あの、私のことわかりますか?」
シンはこの人物を知っていた。
「あ! ハルちゃんのお父さんですよね?」
「はい、その節はお世話になりました」
あ、そうだ! お金。
「いえ、俺は特に何も。あの……、治療費を代わりに払ってくださったと聞きました。すみません。お金は必ずお返しします」
シンがそう言うと、男性は屈託のない顔でニコッと笑った。
「そのことでしたら、気にしないでください。あなたは私とハルの命の恩人です。恩人からお金はいただけません。あなたがいなかったら、私もハルもあの時どうなっていたか……」
いやでも。だから気にしないでください。そんなやりとりを何回か繰り返してから、男性がさりげなく話題を他へ移した。
「そうだ、自己紹介が遅れましたね。私はユキト・キヨミヤと申します。商人をしております」
「俺はシン・コウサカです」
ユキトはシンが名乗った直後に目を丸くして、驚いたような表情を見せた。シンの方もユキトの名を聞いて驚嘆するような反応をした。お互いに考えていることは、恐らく同じ。
この名前、まさか。
「コウサカさん、もしかして東国の生まれですか?」
先に口を開いたのはユキトだった。
「わかりません。昔の記憶がなくて。どこで生まれたかとか、両親の事とか全然覚えてなくて」
あの転生者の男が起こした騒ぎのすぐ後だ。実は俺も転生してました、なんてとても言えない。だからシンは自分が記憶喪失だということにした。
「そうですか、記憶が……。すみません、同郷かと思いまして、つい。失礼しました」
「いえ、気にしないでください。もしかしたらそうかもしれませんね。それより、俺のことはシンでいいですよ。あと話し方も普段通りで大丈夫なんで」
どう考えても日本人の名前だよな。東国とはどんなところなのだろう。色々と聞きたいことはあったが、あまり詮索するべきではないとシンは思った。
どうやらユキトも同じような考えみたいで、それ以上話を広げることはしなかった。
「じゃ、お言葉に甘えて。ところでシンくん、体の調子はどうかな?」
「全然大丈夫ですよ、ほら」
シンがベッドから体を起こそうとした時、腹部に刺すような痛みが走る。さらに腕や脚のありとあらゆる関節にだるさを感じた。
「あ、痛たっ……」
「ちょっと、まだ起きちゃダメですよー」
上半身を起こしただけでこの有り様。白服の女性が慌ててシンをベッドへ寝かせる。
「ははは、まだもうちょっとダメみたいです」
「それはそうだよ。シンくん、先生からはもう助からないかもしれないって言われてたから。生きてるだけで奇跡だよ」
それもそうか。まぁ確かに、あの時ばかりはもう死んだと思ってたからな。自分でもなんで生きてるのか不思議なくらいだ。
「ですよね。後で先生にちゃんとお礼言わないと。ところでユキトさん、ここはどこなんですか?」
「ここはランテスから少し北へ行ったところにある、鉱山都市グランウェルズだよ」
俺はどうやら知らない間に別の街に来ていたらしい。
「そうですか……。ランテスは、どうなったんですか?」
「ランテスは街の建物の七割近くが倒壊してしまって、今のところインフラもまだほとんど回復していないそうだよ」
シンは眉をひそめて、ユキトの話に耳を傾けた。それからうんと小さく唸って、話を続ける。
「そう、なんですね。そうだ俺、倒れた時のことよく覚えてなくて。ユキトさんが俺をここまで運んでくれたんですか?」
「いいや、ランテス駐屯地の部隊の人に頼んで運んでもらったよ。ランテスの病院はすで倒壊してしまっていて、シンくんを治すにはそこから一番近いこのグランウェルズの病院に行くしかなかったんだ」
それを聞いたシンの顔が強張った。ユキトはシンの様子を見て、話をここで切り上げることにした。
「そうだったんですか。ユキトさん、ありがとうございます」
シンは力の無い笑顔でユキトに礼を言う。
「いや、それくらい当然。それじゃシンくん、僕はそろそろ仕事に戻らないと。また近いうちにお見舞いに行くよ。今度はハルと一緒にね。ハルもシンくんに会いたがってたから。じゃ、お大事に」
ユキトはそう言い残して部屋を出て行った。
「シンさんも疲れたでしょう。今日はそのままベッドでゆっくりしててくださいね。私は他の方の様子を見てきますから」
白服の女性も続けて部屋を出て行った。
シンは大きくため息をついて、また深い眠りについた。
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