第25話 一縷の望み
男から伝わる殺気立った雰囲気に神坂は心底戦慄した。
もう終わりだ……。
確実に、殺される。
男は神坂に向かってゆっくりと両手をかざす。神坂が走り出そうとした時、足元の地面がいきなり吹き飛んだ。神坂は真横に十数メートル転がって、うつ伏せに倒れる。それから間髪入れずに神坂の脇腹付近で爆発が起き、神坂は宙を舞う。地面に落ちると同時にまた爆発で空に放り出される。その光景はまるで、神坂でジャグリングをしているようだった。
男の気が済んだのか、爆発は止み神坂は地面に横たわった。
「まぁこんなもんか。ん? なんだよ。まだもう少し余裕あんじゃねぇか」
さっきとは比べものにならないほどの衝撃。
痛いを通り越して、もはや何も感じない。
これでよく生きてるな、俺。
風の魔法〝エアル〟
神坂はエアルで周辺に散らばる細かな瓦礫を利用して砂埃を舞わせ、土煙を起こした。
「それで隠れたつもりかよ」
男は神坂のいる場所へ両手をかざして爆発を起こす。神坂の体がまた大きく宙に舞う。
「痛っ……。どうして?」
生体ガス。人間の体内外で自然に放出されるガスのことである。主なところでは呼気、腸内ガス、皮膚ガス等がそれにあたる。
男はガスの万能の力を応用してそれらを検知し、生物のおおまかな健康状態と正確な位置を割り出すことができた。
男が人を避けて街の建物だけを破壊できたのは、この能力によるものである。
しかしながら、今の神坂にはそれを考える余地も知るすべもなかった。
神坂はエアルで土煙を上げながら、止まることなく走り続ける。少しでも爆発のタイミングが遅れるように、男からなるべく遠くへ。神坂の走るすぐ後ろを爆発が追いかける。距離はスレスレ。少しでもペースを落としたら、当たる。
これじゃ、最初の状態となんら変わらない。
だが、今はそうするしかなかった。
もう体力はとっくに限界を超えている。
「後は時間の問題だな。ほら、走れ走れ」
俺、もうすぐ死ぬのかな?
どうせ死ぬなら……。
アレ、試してみるか。
ルーカスさんは、無理だって言ってたっけ。
(シンは風の属性魔法と相性が良いみたいだな)
神坂は走りながら男の真下付近まで移動する。
(今から教えるのは、初級の風属性魔法〝エアル〟だ)
そこから神坂はその場で真上に飛び上がった。
(エアルかぁ、これで空飛んだりできますかね?)
そしてさらに空中で神坂は左手を、真下にかざす。
(おいおいシン、それは無理な話だ)
風の魔法〝エアル〟× 5
神坂の足元で突風が発生し、神坂の体は数百メートル真上へ、飛んだ。
「何だ? どこへ行った?」
突然の出来事に男は神坂の姿を一瞬見失う。
最高到達地点は男の頭より少し上。横軸は男から五メートル程離れている。
まずい、少しズレた。
もう一度だ!
神坂は左手を男と反対方向へかざす。
風の魔法〝エアル〟
発生した風を推進力にして、神坂は男との距離を詰める。
「よし、届いた」
神坂は両手で男の両肩を掴み、渾身の力を込めて地上めがけて投げ飛ばした。
男は物凄いスピードで地面に強く叩きつけられる。
神坂の体もそのまま落下をはじめた。
そうだ! 着地、考えてなかった。
地面があっという間に目の前へ。
神坂は両手を地面にかざす。
風の魔法〝エアル〟 ダブル
突風の勢いで神坂は落下の衝撃を和らげた。しかし足が上手く着けず、地面を少し転がる。神坂はすぐに起き上がって、男の姿を探した。
数十メートル先で、男はうつ伏せに倒れている。
神坂は男の姿を確認してすぐに駆け出した。
ここまで戦ってきてわかった。
この男に同じ手は絶対に通用しない。
次、空に上がられたら完全に勝ち目がなくなる。
奇跡はもう起こらない。
これが、最後のチャンスだ。
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