第24話 暗雲の兆し
「いっ…………、痛ってぇな」
男は地面に仰向けになって倒れている。よほどダメージを受けたのか、なかなか起き上がらない。
神坂はなるべく酸素を多く取り込めるよう、息を大きく深く吸った。そして持っていた釣り竿を隔離魔法で収納し、男に向かって一直線に走り出した。
考えるまでもなく、今がチャンスだ。
相手が再び空へ戻る前に、決着をつける。
男がふらつきながら立ち上がったちょうどそのタイミング、神坂の右拳が男の顔面を直撃した。
———数週間前、ルーカスとのサバイバル中。
「ルーカスさん、俺に魔法を一から教えてくれませんか?」
「あぁ、いいぞ。じゃあ早速はじめるか」
「はい、よろしくお願いします!」
「先ずは、腕の筋肉からいくか」
ルーカスは大きな岩を二つ、どこからか運んできた。
「え、筋肉? なんですかこの岩」
「何って、これで腕を鍛えるんだよ」
いやそれって、ただの筋トレなんじゃ……。
「ルーカスさん、魔法を教えてくれるんですよね?」
「そうだ」
ルーカスは神坂の頭の上にハテナが浮かんでいるのがハッキリと見えた。
「これが、魔法の基礎なんですか?」
「そうだ。いいか、魔力は生まれつきで大体の総量が決まっている。だが、体を鍛えることで魔力の総量を上げることができるんだ。まぁ厳密に言うと少し違うんだが、今は体力イコール魔力と解釈してくれ」
「つまり体を鍛えることで魔力量も向上するということですか?」
「その通りだ。それと鍛える理由はもうひとつある」
「へぇ、もうひとつは何ですか?」
ルーカスは腕を組みながら話を続ける。
「なぁシン、魔法での戦いにおいて何が勝敗を別つかわかるか?」
「そうですねぇ、魔力の量とか?」
「シン、今日は冴えてるな。そうだ。魔法戦の基本は攻撃魔法を打たれた場合、防御魔法で防ぐまたは攻撃魔法を打って相殺するの二通りだ。これだと魔力量が多い方が圧倒的に有利になる。しかし、それを覆す方法がある」
魔法には魔法を。それが魔法で人間同士が決闘する上でのセオリーらしい。確かにそれなら魔力が多い方が勝つに決まっている。これをひっくり返す方法とは……。神坂はルーカスの話に真面目に耳を傾ける。
「その方法って?」
「魔法を避ければいいんだよ」
え?
「魔法を、避ける?」
ルーカスの顔は真剣そのもの、どうやら冗談で言っているわけではないようだ。
「あぁ。オマケにそのまま相手をブン殴っちまえば、魔力消費はゼロで勝負が済む」
「えぇ……」
「もちろん公式の魔法戦なら反則だ。でも実戦はそんなこと関係ないからな。まぁ、鍛えるに越したことはない。そんじゃ、まずトレーニングだ。その次は組手を行う。さぁ、始めるぞ」
—————————現在、転生者との戦闘中。
男は大きく体をのけぞらせて倒れそうになったが、すぐに体勢を立て直した。
「クソッ、てめぇ……」
組手、やっといて良かったな。
そうじゃなきゃ、人の顔なんてとても殴れないよ。
男は目の色を変えて神坂に左の拳を振りかざした。その青色の瞳は神坂の顔をまっすぐに見据えている。神坂はどこか違和感を感じながら、振り下ろされた男の拳をかわして脇腹に左拳を一発お見舞いする。
違和感の原因は、瞳の色。
今、男は万能を使っていない。
ということは……。
「やっぱり、空に浮かんでいたのも万能の力だったわけか」
「あぁ、だったら何だ? それよりお前、なぜ万能を使わねぇんだ。舐めてんのか? それとも、どうしようもねぇクソ能力で使えねぇのか?」
神坂は男の言葉に一瞬だけ眉をひそめた。
言われるまでもなく、俺も使えるならとっくに使ってるんだけどな。
俺の万能は何だ?
思い出せない。
「さぁ、どっちだろうね」
神坂は不敵な笑みを浮かべた。
すかさず男は神坂に蹴りを入れようと、右脚を少し上げる。神坂は男の動きを完全に見切り、避ける体勢に入っていた。
「気に入らねぇ態度だ」
次の瞬間、男が右脚で放った蹴りが神坂の腹部にクリーンヒットした。
異様に重い、一撃。
神坂は数メートル後方へ飛んで、仰向けに倒れた。
「何が、起きた?」
蹴りの軌道が途中から全く見えなかった。
蹴りが途中で加速した?
神坂は痛みで起き上がれず、その場でのたうち回った。
男は神坂を嘲笑いながら、また空へ上っていく。
さっきよりもさらに高いところへ。
「なんだ、わかんねぇのか。まぁゆっくり考えろ、あの世でな」
そう言った男の顔から、笑みが消える。
「よし、〝遊び〟はもう終わりにするか」
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