第52話 真実

 シンはルイスから貰った伝達用の魔道具で皆に転生者の件を伝えた。結果、計画続行の判断はルイスに委ねられる事になった。


「まさか転生者がいるなんてね。でも突入の予定は変更なしで進めようと思う。異論のある人はいる?」

 ルイスの申し出に異議と唱える者はいなかった。


 この中で誰よりも館へ行く事を望み、準備をしてきたのはルイスである事を皆はわかっていた。


 理由は不明だ。もしかしたら一部の人間は知っているのかもしれない。


 どうしてルイスがそこまであの館にこだわるのかをシンは知らない。だがその熱意はそばでずっと感じていた。


 それに今、この絶好の機会を逃すわけにはいかなかった。


 グレッグの調査により、バーツには三人の護衛が存在していることがわかっていた。そしてグレッグの度重なる下調べにより、そのうちの一人が不在になるタイミングがあることが判明した。


 バーツの護衛はドラクマ、リンギット、クローネの三人。この三人は基本的にバーツ邸に常駐していることが確認されている。バーツの館は四階建てになっていて、最上階以外のそれぞれのフロアを三人の護衛が管理している。

 

 その中でもトップクラスの実力を持っているのがドラクマである。圧倒的な魔法力と戦闘能力の高さで、他二名とは一線を画している。そのドラクマがバーツ邸から不在になるタイミングが、二十日から三十日に一度。ちょうど今である。


 進めるより他に、選択肢はなかった。


「もし転生者が現れたら僕に知らせてほしい。僕が転生者の相手をするよ」

 ルイスは覚悟を決めたようにそう言う。


 魔道具越しで声だけだが、他の誰もがそれを感じ取っていた。

  

「転生者とは俺が戦う」

 シンはすかさず言った。


「シンそれはダメだ」

「いや、俺が適任だ。俺は過去に転生者と交戦したことがある」

 それを聞いたグレッグがシンの隣で目を丸くしていた。


「シン、それは本当か?」

「あぁ。だから足止めくらいならできる」

 グレッグはそれ以外は何も聞かなかった。


 ルイス以外の他の皆もシンの主張に同意するような反応を示した。


「とにかく転生者を発見したら僕に連絡するように」

 ルイスは最後まで譲らないまま、会話は終了した。


————バーツ邸、突入まで残り7時間。


「シン、確か君は風属性が相性属性だったか」

 グレッグは不意にシンにそんな事を聞いてきた。


「そうだけど、それがどうかしたのか?」

「実は私も風属性なんだ。シンを見ていて思ったのだが、もしかして使える魔法に限りがあるんじゃないか?」

 グレッグはシンが使う魔法のバリエーションの少なさに以前から疑問を抱いていた。


「その通りだ。俺は風属性の魔法は〝エアル〟しか使えない」

「やはりそうか。それには何か事情があるのか?」

「いや、特になにも。それ以外の魔法を知らないってだけだ」

「まさかそんな! シン、君は本当に規格外だな」

 

 そこからシンはグレッグに風属性魔法を教わることになった。


「時間が無いから手短に説明するよ。まず風属性魔法なんだが、シンが今唯一使える〝エアル〟は風の初期魔法と言われている。風属性の魔法の最大の特徴は起源が全て同じだと言う事だ」

「起源が同じ?」

 グレッグの話の意図がわからず、シンは眉をひそめた。


 ということは……どういう事だ?


 それを察してか、グレッグはよりわかりやすい言葉に言い換えてシンに改めて説明した。


「そう。つまりは、今存在している全ての風属性魔法は〝とあるたったひとつの魔法〟から派生しているんだ」

「へぇ。それで、その〝とあるたったひとつの魔法〟っていうのは?」 

 ここでやっとシンの理解が追いついた。質問しつつもシンは、その答えにおおよその予測はついていた。


「君が現在唯一使うことのできる魔法〝エアル〟だ」

 

 風属性魔法の原点〝エアル〟


 この魔法が使えるというのは、何を意味するのか……。


「何が言いたいかというと、エアルがさえ使うことができれば、その他のすべての風属性魔法を習得することが可能というわけだ」

「ほう、それは良いな」

「ということで、今から君に三つの風属性魔法を教える」

「あぁ、よろしく頼む」


 グレッグの天才的指導により、ものの数時間でシンは二つの風属性魔法を新たに覚えた。


 そして、残る最後のひとつは。


「駄目だ。また失敗か」

「仕方ない、この魔法は諦めよう。そろそろ時間だ。行こう、シン」


————バーツ邸、突入まで残り2時間。


 館への道のりを進みながら、シンとグレッグは世間話に花を咲かせていた。そこでシンは前から気になっていたことをグレッグに尋ねた。


「そう言えば、グレッグはなんで館へ入ろうとしているんだ?」

「興味あるのかい? 聞かない方がいいと思うけど」

 いつも朗らかな表情をしているグレッグの顔が少し曇った。それから困ったように笑った。


「一緒に行動するなら、目的を知っておきたい。知っていれば、助けになれるかもしれないからな」

「本当にお人好しだな、君は。わかった、話そう」

 そう言ってグレッグは静かに語り始めた。


「バーツ氏がこの辺一帯の鉱山を買収する前、グランウェルズの鉱山は鉱業組合が管理していたのは知っているかい?」

「あぁ、前に一度聞いたことがある」

「当時、組合を取りまとめていたのはオリバ・アレクサンドロ。ガレオの父親だ」

「そうだったのか……」

 シンは驚いた。この名前は以前にユキトから聞いたことがある。


 まさかガレオの父親だったとは。


 ということは、ガレオの父はすでにもう……。


 衝撃的な話だか、なぜ今ガレオの父親の話が出るんだ?


「グラン鉱石の採掘中に鉱山の落盤事故に巻き込まれて亡くなったとされているが、実は……。実は、それは表向きの話で……」

 グレッグは言葉に詰まった。


「グレッグ?」

「申し訳ない、大丈夫だ。オリバさんは本当は殺されたんだ。事故に見せかけてね」

「誰がそんなことを。まさかバーツが?」

「そうじゃない。オリバさんを殺したのは、私の父親だ」

 グレッグは歯を食いしばっている。シンは何も言わずにただ話を聞くことにした。


 嘘、だろ?


 シンは内心かなり動揺していたが、なんとか平静を装った。


「私の父親はグランウェルズの鉱業組合の役員だった。あの時、バーツ氏の買収は難航していてね。その要因となっていたのが、オリバさんだった。そこでバーツ氏は私の父親に、オリバさんの暗殺を持ちかけた。買収後に私の父親に利益を優先することを条件にしてね」

「…………」

「そして私の父親は、バーツ氏の言われるままに暗殺を実行した。現在は新都市でバーツ氏の傘下の会社をあてがわれ私腹を肥やしている」 

「…………」

「私の父親がこの街を地獄へ変えた。ガレオの人生も滅茶苦茶にした。だから私は、ガレオとこの街の為なら何でもすると決めた。まぁそんな事では、何の罪滅ぼしにもならないことはわかっているのだけれどね」

 グレッグの目にはうっすらと涙が浮かんでいるように見えた。


「この事をガレオは知っているか?」

「知らない。知っているはルイス。それとシン、君だけだ」


 しばらく沈黙が続く。


「……そうか」

「私を軽蔑するか?」

「しない。それは親の話だろ? グレッグには関係ない」

「そう簡単には考えられないよ」 

 力無く微笑むグレッグを見て、シンは覚悟を決めた。


 俺を信頼して、ここまで打ち明けてくれたんだ。


 グレッグには、話しておくか。


「なぁグレッグ、俺がもし転生者だって言ったら信じるか?」


————バーツ邸、突入まで残り10分。

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