第44話 不可抗力
翌朝、シンはラウンジへ向かった。時刻はまだ日の出を迎えたばかりの頃。まだ誰も起きてきていないようだ。
「昨日あれだけ騒いだからな」
シンはソファに座ってぼーっとしていると、扉が開いて誰かが中に入ってきた。
鷹のような目。だが鋭いのは目だけで、顔はまだあどけなさが残る少女のように見えた。背丈はシンよりも少し高く、体型は細身。服装は士官学校の制服みたいな格好をしている。
女性っぽく見えるが、その表情の険しさや纏っている雰囲気は男性っぽい印象を受ける。
軍服を着たルイスと言えば、わかりやすいだろうか。
(よぉ、やっと会えたな)
シンはその人物の装いに、あの転生者の男の姿を重ねた。
「なんだ貴様、そこで何をしている?」
「違う! 待ってくれ。俺は……」
そう言いかけたところでシンは思った。
あんたこそ誰なんだ?
ガレオ達の仲間なのか?
ガレオの話では、ルイスとガレオを除いて仲間が後六人いると聞いていた。その後に出会ったのがシャロン、グレッグ、ヒューゴの三人。という事は、残り三人の仲間とシンはまだ面識がないという事だ。
もしかして今目の前にいる人物が、残りの三人の内の一人なのか?
「動くな。妙な真似は考えない方が良い」
もし敵だったら、どうする?
今はまずい。このまま寝込みを襲われたら終わりだ。ヒューゴとガレオ、あとグレッグあたりは大丈夫そうな気もするが。ルイスとシャロンは恐らく厳しいだろう。
男がゆっくりと近づいて来てシンの背後へ回った。
「手を後ろにしろ」
物凄い剣幕で男はシンに指示する。
決まりだな。
こいつは、敵だ。
男の言う通りにシンは腕を後ろに回す、フリをして体ごと振り向いて男に掴みかかった。
「なっ……!」
面食らって男がわずかに硬直した隙を、シンは見逃さなかった。シンはそのまま男を投げて、床に倒す。そこから男の腕と脚を押さえつけて、動きを封じた。
「や、やめろ……」
「それは無理な相談だ」
シンは押さえつける力をさらに強める。
「おいシン、朝っぱらから何をしている?」
ヒューゴが起きてきて、あきれ顔で言う。
「ちょうど良かった! ヒューゴ、この男を一緒に押さえてくれ」
シンの必死の訴えに対して、ヒューゴは何故か緊張感がなさそうな様子でそのまま突っ立っている。
「あぁ、そういう事か。シン、そいつを離してやれ」
「え? でも……」
「いいから解放してやれ。別に離しても問題はない」
ヒューゴは幼い子どもに言い聞かせるような感じでシンにそう言った。シンは素直にヒューゴの言葉に従って男を離す。
「ヒューゴ!」
男はヒューゴに駆け寄って抱きつき、その胸の中で大声をあげて泣いた。
「怖かったよぉ」
「心配するな。もう大丈夫だ」
ヒューゴは男を抱きしめながら、頭を撫でて優しくそう言い聞かせる。
「ヒューゴ、これはどういうことだ?」
シンは今だに状況を理解できておらず、戸惑いながらヒューゴに尋ねる。
「こいつはヴァレリア。オレたちの仲間だ。それと、こいつは女だ」
ここまで言われてシンはようやく自分が置かれている状況を完全に把握した。
どうやらシンは、二択を盛大に間違えてしまったらしい。
周りを見ると騒ぎに気づいたのか、いつのまにか皆ラウンジに集まっていた。
「大変申し訳ございませんでした」
シンはラウンジの床に頭を擦り付けるようにして深々と土下座をした。
「嫌だ。許さない」
ヴァレリアは目を合わせることなくそう言う。
「シンもわざとじゃないんだ。それに先に勘違いしたのはヴァレリアのほうだっていうじゃないか。ヴァレリアも謝らないとダメだよ」
「それは、そうだが……」
後から事情を聞いたルイスがそう指摘し、ヴァレリアを咎めた。
「俺からも頼む。シンを許してやってくれ」
ガレオもシンの横で一緒になって全力で土下座をしている。
「ガレオ、よしてくれ。お前は何も悪くないだろ」
「そんなことはない。これは俺の伝達ミスでもある。それにお前は俺たちを守ろうとしたんだよな。頼む、ヴァレリア。この通りだ」
再びガレオは深々と頭を下げた。
「ヴァレリア」
ヒューゴもシンを許すようにヴァレリアに促す。
「ヒューゴがそこまで言うなら、わかった。シンといったか。先程のことは忘れよう。私こそすまなかった」
ヴァレリアは落ち着きを取り戻し、シンと同じように土下座をして自分の非礼を詫びた。
「ヴァレリア、紹介が遅くなってごめんね。彼は、シン。僕たちの新しい仲間だ」
ルイスが場を仕切り直して、シンの紹介をする。
「俺はシンだ。改めてよろしく」
「私はヴァレリア。こちらこそ、よろしく頼む」
お互い名乗った後に二人は握手を交わした。ヴァレリアは思い切り力を込めてシンの手を強く握る。シンの手がギリギリと音を立てて締め付けられた。
おいおい。
全然、俺のこと許してないだろこれ。
「仲良くしよう、シン」
「あ、あぁ」
ヴァレリアは笑顔でそう言ったが、目の奥はちっとも笑っていなかった。
「これはかなり嫌われたんじゃないか」
グレッグがシンの右横で声をひそめて言う。
「そんな事ないって。ただ照れてるだけだと思うよ」
そのやり取りを聞いて、シンの左側からシャロンが顔を出してグレッグに反論する。それから小声でシンを励ました。
「大丈夫だよ、シン」
「シャロン、ありがとう。でもこればかりは、俺はグレッグの意見の方が正しいと思う」
そう言ってシンは肩を落とした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます