第43話 約束
ガレオ達はラウンジから別の部屋へ移動を始めた。シンもそれに続く。ラウンジに繋がった廊下を進むと大部屋に出た。部屋の真ん中に大きなテーブルがあり、そこにいくつもの椅子が並べられている。
「はい、シンはこの椅子を使って」
「あ、ありがとう」
先に大部屋に来ていたシャロンが、シンに椅子を手渡す。
「シン、君はどれを使う?」
ルイスがカトラリーを一式持ってきて、シンにそう尋ねる。シンはその中から箸を選ぶと、ルイスはすぐにテーブルに戻って準備を続けた。
ガレオやヒューゴ、グレッグも配膳に加わり全員が忙しなく動き回っている。
「俺は何を運んだらいいんだ?」
シンも準備に参加しようと、ルイスに指示を仰ぐ。
「いいよ。今日はシンが主役だから、先にここで座って待っていて」
ルイスは嬉しそうな顔でそう言って、シンを椅子へ誘導した。
皆がそれぞれの席に着く。どうやら食事の準備が整ったようだ。
「皆、今日は僕たちにシンという新しい仲間ができた。この貴重な出会いを盛大に祝福しよう」
ルイスの掛け声を合図に、それぞれが食事を始めた。
鶏の丸焼きのようなもの。ハンバーグにパスタ、天ぷらのようなものまで。種類豊富な料理がテーブルの上に並んでいる。
「ルイスと私で作ったんだよ。ほら、食べて。遠慮しなくていいからね」
「ありがとう」
シンは大皿に乗ったハンバーグみたいな料理を取って一口食べた。
「美味いな」
「そうだろう、そうだろう。なんたってこれは僕が作ったんだからな」
ルイスが嬉しそうに言う。
「なぁ、シン。今度鍛錬する時はオレを呼べ。 いつでも相手になろう」
ヒューゴは天ぷらのようなものを食べながら、シンに話しかける。
「ちょっと待て、ヒューゴ。お前はもう戦っただろ。次は俺が手合わせしてもらう番だ」
それを聞いたガレオが、前のめりになってヒューゴに抗議する。
「シン、例の鉱魔獣だが他にも私が採集したサンプルがあるんだ。見に来るか?」
「それはちょっと……、興味あるな」
喧嘩する二人を後目に、グレッグとシンは鉱魔獣の話題で盛り上がっていた。
「おい、シン! お前はどっちなんだ!!」
ガレオとヒューゴは声を揃えてシンに詰め寄る。
「悪い、全然聞いてなかった」
シンのその一言で、全員が一斉に笑った。
終始そんな楽しげな雰囲気で宴は続き、夜が更ける頃には皆それぞれ寝室へと入って行った。シンにも部屋が用意されたが、なかなか寝付くことができず、結局ラウンジで時間を潰すことにした。
月明かりなのか、ラウンジはほのかに光に照らされている。シンはソファに座って、今日の出来事を思い返していた。
ああやって皆でご飯を食べるの、久しぶりだったな。
なんか、懐かしい感じがした。
「北岡……仲居……寺西……」
この世界に来る前、よく四人で飲みに行っていた頃のことをシンは思い出していた。
「そっか。もう二度と、会えないんだよな」
異世界に来てからは驚きと苦難の連続で、今までそんな当たり前の事すら考える時間がなかった。シンはここでやっと、事の重大さを実感する。
俺はもしかしたら、取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれない。
「何で……今になって……」
この世界で生きていくって、決めたはずだったのにな。
未練なんてないと思っていた。
でも、本当は……。
「シン、どうした? 眠れないのか?」
ガレオがラウンジにやって来た。時刻は真夜中で、他の皆はまだ寝静まっている。
「あぁ、ちょっとな。ガレオこそどうしたんだ?」
「なんか、落ち着かなくてな。ずっとここにいたのか? 室内とはいえ寒いだろ。こんなところにいたら風邪をひくぞ」
ガレオはそう言って、ラウンジにある暖炉に魔法で火を付けた。
「今日はすまなかったな。新しい仲間ができた嬉しさでみんな浮かれてしまったみたいだ」
「いいよ。俺も楽しかった」
「そいつは良かった。なぁ、シン」
「ん?」
ガレオは少し困ったような顔でシンを見る。
「本当に良かったのか?」
「そんなの、良いに決まってる。何でそんなこと聞くんだ?」
「いや、それは……」
言葉に詰まるガレオの返事をシンは待った。しかし、それ以上ガレオは何も言わない。
「あ、わかったぞ。どうせ自分が巻き込んでしまった、とかなんとか思ってるんじゃないのか?」
ガレオはふんっと小さく鼻を鳴らしてシンから目を逸らす。
「そんなことは……」
「いや、思ってるだろ」
「そりゃ思うだろ。俺たちがこれからやろうとしていることは……」
「どう考えてもクーデターだからな」
噛み締めるようにシンが言う。それを聞いて表情が一気に暗くなるガレオ。
「シン、今……」
「今ならまだ引き返せる、か?」
シンはガレオにかぶせるようにしてそう言った。
「どうして?」
「ガレオが言いそうなことくらいわかる」
「そうか……」
「ガレオもわかってるんだろ? そんなことを言っても、俺の意思は変わらないって事を。それに俺にだって目的はあるんだ」
ガレオは下を向いて小さく笑った。
「そうだな、お前はそういう男だ。不思議だ、何だかシンとは初めて会った気がしない。ずっと昔から一緒にいるみたいだ」
「あぁ、そうだな。最初にガレオを見た時はびっくりしたけど、その後すぐに信用して大丈夫だって思ったんだ。何でかわからないけどな」
その時のシンは、とても穏やかで優しい表情をしていた。ガレオはそんなシンの顔を見て、なぜか胸を締め付けられるような思いがした。
「そうか。シン、もし何か困ったことがあったら俺に相談してくれ。俺が必ずお前の力になる」
「あぁ、わかった。でもそれはガレオも同じことだ。何かあったら俺を頼ってくれ」
「言ったな。シン、約束だからな」
「あぁ」
二人は小さく笑い合った。
「なぁシン、お前の目的って……」
「助けたい人がいるんだ」
それからシンは、ガレオに病院での出来事を話した。
「そうか。シン、俺にも取り戻したい物があるって前に言っていたが、あれはだな……」
「待ってくれ。その話はまた今度にしよう」
「ん? どうしてだ?」
「まぁなんとなく。時が来たら聞かせてもらう事にするよ」
シンがガレオの話を止めたのには理由があった。それは、ガレオが今にも泣き出しそうな顔をしていたから。
無理に話す必要なんてない。
どんな理由があろうとも俺は、ガレオを助ける。
「ちょうど眠くなってきた。俺は部屋で少し寝るよ」
「そうだな。俺もそうするとしよう」
それから、二人はそれぞれの寝室へと戻っていった。
「…………」
ラウンジにあるカウンターの裏でルイスは二人の会話をずっと聞いていた。水を飲みにきたタイミングで、シンがラウンジに来て話しかけようとした。だがそれと同時にガレオが来て、何故かルイスは咄嗟に隠れてしまって今に至る。よくわからないが二人の邪魔をしてはいけないような気がした。
「今の話、聞いてよかったのかな……」
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