第3話 身近な闇

 思いのほか喫茶店で長居してしまった神坂は、後輩の予約してくれたレストランへ急いで向かった。場所は繁華街のとあるビル十三階にあるイタリア料理店。


 神坂は到着してすぐに後輩に連絡を入れた。程なくして後輩から返信がきた。もう先に店に入っているらしい。予約時刻までまだ少し余裕があるが、後輩はそれよりもさらに前に来ていたようだ。


「待たせてごめん」

「良いんですよ。私が勝手に早く来ただけですから」


 そう言いながら満面の笑みで微笑む彼女は、神坂が前に働いていた会社で後輩だった宮村。綺麗な栗色で肩につかないくらいの艶々とした髪。目鼻立ちはくっきりしていて、どちらかというと美人寄りの整った顔をしている。しかし性格はちょっぴり天然の可愛い系という、悩ましいほど魅力的な女性だ。


「久しぶり。連絡もらってびっくりしたよ。どう? 仕事は順調?」

「それが……。ねぇ、神坂さん! 聞いてくださいよー」

 宮村はちょっと困った顔で笑いながら、甘えた声で言う。


 宮村は以前、上司に気に入られ交際をしつこく迫られていた。ある日、宮村は上司に無理矢理食事に連れて行かれそうになっていた。そこを偶然通りかかった先輩の神坂が間に割って入り、事なきを得た。しかしそれが原因となり、神坂は上司からパワハラを受けるようになった。

 神坂はパワハラの証拠を集め、会社の上層部へ働きかけた。結果、上司は左遷され、程なくして会社を辞めた。その後、神坂は心身共に調子を崩し、仕事ができない状態となって会社を辞めた。


「どうしたの?」

「今、会社が色々と面倒になってて」

 なんでも彼女が言うには、あるベテランの女性社員が最近幅を利かせ始めたらしい。そしてその所謂お局が、宮村を目の敵にしていると。それに加えて、会社の業務改革で仕事量が急激に増え、さらにお局からも仕事を押し付けられて参っているとのことだった。


「わかるよ。俺も上司から露骨に面倒な案件ばかり振られてたからね」

 そこからはお互い上司とお局の愚痴でひとしきり盛り上がった。話がひと段落したあたりで、宮村の顔色が悪くなっていることに気づいた。


「大丈夫? 体調悪い?」

「いえ大丈夫です。それともうひとつ話したいことがあって。神坂さん、谷塚さんって方知ってますか?」


 その名前に神坂は覚えがあった。彼は神坂の数ある同期の内のひとりだった。歳は神坂の三つほど上で、人当たりが良くて落ち着いた男だったと記憶している。


「知ってる、俺の同期だよ。谷塚さんがどうかしたの?」

「それが……、自殺したらしいんですよ」

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