第2話 影
翌日、神坂は寝室のカーテンからこぼれる光で目を覚ました。この日の夜は、以前勤めていた会社の後輩と食事に行く約束をしている。それまでに買い出しを済ませておきたいので、出掛ける準備をする。
正直、食事には乗り気になれない。後輩が苦手とかそういう訳ではない。ただ誰とも会いたくない気分なだけだ。このままどこか遠くへ行きたいと思った。
シャワーを浴びて、コーヒーを淹れながらテレビのニュースを見ていると電話が鳴った。連絡は北岡からだった。内容は今から会えないかとのこと。昨日の今日で一体何の用事だろうと思いながら、神坂は手早く身支度を終えて待ち合わせ場所の喫茶店へ向かった。
「悪いな、急に呼び出して」
「全然大丈夫。それより、何かあったのか?」
北岡は神妙な面持ちで口を開く。
「聞きたいのは俺の方だ。神坂さ、昨日元気なかっただろ? 何かあったんじゃないのか?」
北岡は昔から能天気に見えて、たまに妙に鋭い時がある。
「何もないって。ちょっと飲み過ぎただけだよ。久しぶりでペースわからなくなっちゃってさ」
神坂は必死に取り繕いながら、力無く笑った。
「そうなのか。まぁ、もし俺にできることがあったら言ってくれよ」
北岡がそうまでして神坂を気に掛けるのには、理由があった。中学時代、北岡はある女子生徒に片思いをしていた。告白どころか話しかける勇気もなかった北岡だが、それを見かねた神坂の計らいで二人は急速に距離を縮めて交際にまで発展した。その女子生徒が北岡の今の結婚相手である。北岡にとって今の幸せは、神坂から貰ったものだと言っても過言ではない。
「ありがとう。また何か悩みができたら相談するよ」
それから北岡は、神坂としばらく中学時代の話で盛り上がった。しかし、やはり神坂の様子がどこかおかしい。北岡の知る神坂は、もっと情緒的な人間味溢れる男だった。だが、今の神坂にはそれが感じられない。今にもどこかへ消えてしまいそうな気がした。
少しでも気晴らしになればと思い、北岡はどこかへ遊びに行こうと神坂を誘ったが、この後予定があるらしく早々に切り上げることになった。いつもはそんなことはないのだが、この日だけは北岡は神坂を駅まで見送りに行った。
「今日は気を遣わせて悪かったな。じゃあ、俺もう行くよ」
「こっちこそ予定あるのに無理に呼び出してすまん。じゃ、またな」
改札へと足速に向かう神坂の背中は、いつもよりなんだか寂しそうに見えた。北岡は何だが嫌な胸騒ぎがして、神坂の姿が見えなくなるまでその場に佇んでいた。
どうか気のせいであって欲しいと、北岡は願った。
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