第7話 境界
エレベーターの前に誰か立っている。
息が止まる。
見た瞬間に、これは人ではないと直感で理解した。
まず靴を履いていない。剥き出しの足は異様に白い。色白と言うよりは血の気がないというような白色。性別は足だけではわからない。少し筋張っているが、綺麗な艶のある足だ。
少し目線を膝下まで上げてみたが、衣服は身につけていないように見える。
それ以上は恐ろしくなって見るのをやめた。
足はエレベーターの中まで進み、神坂の真後ろで止まった。つま先は神坂の方を向いている。じっと見つめられている気がした。神坂は目の前の操作盤に急いで手をかけた。
九階のランプが点灯し、ゆっくりと上昇を始める。到着するまで五分とかからないはずだが、何時間も経っているような感覚になった。一刻も早くこの場から逃れたい衝動に駆られる。
ここから先はもう後戻りできない。
やめるなら、今だ。
この時点でエレベーターはすでに六階に到達しようとしていた。神坂はボタンを押そうとしたが、ボタンに触れる直前で手を下ろした。そのままエレベーターは九階に到着した。
扉が開くとそこには、ありえない光景が広がっていた。
そこは知らない駅のホームだった。
神坂は駆け出すようにしてエレベーターから出た。その瞬間、背中に感じていた視線や緊張感のようなものが一気に解けた。
ほっとしながら景色をよく見てみると、ありえないのはそれだけじゃなかった。
ビルの九階に居るはずなのに、ホームの周りにあるのは見渡す限りの田園風景。そして空を見上げると、世界全体を包み込むような真っ赤な夕焼け色。このビルに来たのは真夜中、確か時刻は深夜一時を過ぎていたはずだった。
都市伝説の検証は間違いなく成功していた。
しかし検証はまだ終わりではない。次の手順では電車に乗らなければならないが、一体いつ来るのだろうか。
目線の少し先に時刻表があったので、神坂は歩み寄って確認した。所々に汚れや錆のようなものが付いている。かなり年季が入っているようだ。文字は、よく読めない。よく読めないのは、時刻表が古いからではない。
時刻表に書いてあるのは日本語ではなかった。日本語に限りなく近いが、日本語とは明らかに違う。それは神坂の見たことのない文字。この世に存在しない文字だった。
時刻表の隣にはこれまた年季がかなり入った看板がある。大きな字で何か書かれているが、例によって読めない。恐らく駅名が書かれているのだろう。
そうこうしているうちに、ホームに電車が到着した。
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