第55話 敗北へのカウントダウン
ガレオは長い廊下をひたすら慎重に歩いた。そして監査役の人間を見つけるたびに、ひとりずつ要領よく気絶させていった。そして一階のフロアの中央エリアに辿り着いた。
中央エリアは広いホールになっていて、ホールの中央に大きくて広い階段があった。
「この上か」
ガレオが階段の真ん前まできた時だった。
「まったく、やけに外がうるさいと思ったらそういうことか」
二階から男が降りてきた。
男の見た目は整った顔立ちをしているが目つきが悪く、近寄りがたい雰囲気を放っている。髪は茶色で毛先がはねた髪型をしている。服装はパーティで着るようなタキシード姿。足下はピカピカに光った革靴を履いている。高級クラブのホストと言えばわかりやすいだろうか。
「あんたは何者だ?」
「それ、こっちが聞きたいんだけどな。まぁいいや、特別に教えてやる。おれはアンドリュー・バーツ。この館の持ち主の息子だ」
最初に見た時はわからなかったが、名前を聞いてガレオはすぐにピンときた。ガレオはこの男を知っていた。
ほう、こいつ〝あの〟アンドリューか。
ガレオは相手の素性がわかって警戒心が薄れた。というのも、このアンドリュー・バーツという男。魔導師としてはそれほど優秀ではない。
ガレオが魔法学校の学生だった頃、アンドリューと同じ学校に通っていた。グランウェルズには学校がひとつしかなく、新都市と旧市街地の人間が同じ校舎で授業を受けることとなっている。その時、ガレオのクラスメイトだった男がアンドリューだ。
出自が出自だけにアンドリューは当時校内で有名人だった。だが魔法の成績も実力も低く、上級クラスにいたがコネだともっぱらの噂になっていた。旧市街地の人間を差別していて、罵っていたのをガレオは当時よく見かけていた。
見た目が変わっていてガレオは一瞬、誰か気がつかなかった。対してアンドリューの方はガレオにはまったく気がついていない。それもそのはず、アンドリューは旧市街地の人間になど興味はない。ましてや顔なんて、いちいち覚えているはずがなかった。
「悪いがあんたに構っている暇はないんだ。そこを通らせてもらう」
ガレオが階段を駆け上がり、アンドリューの首元に手をかけた。
「は? そんなのダメに決まってるでしょ」
アンドリューはガレオの腕を掴んで、階段の下に投げ飛ばした。
ガレオの体はホールにすごいスピードで叩きつけられたが、なんとか受け身をとってダメージを軽減した。
なんだ? この力は?
受け身を取らなければ骨が何本か折れていたかもしれないな。
「ハハハッ! なかなか似合ってるぞ。ゴミみたいでな」
アンドリューは階段の上からガレオを見下ろして高笑いした。
「ふっ、ゴミか。ある意味そうだな」
ガレオはほくそ笑みながら立ち上がる。
「どうした? 自分のあまりの弱さに笑えてきたか?」
アンドリューはガレオを見下ろして馬鹿にしたように笑う。
滑稽な男だ。
ここまで酷いと、もはや苛立つこともないな。
「ちょうど退屈してたんだよ。お前、ちょっとオレと遊んでくれよ」
アンドリューは中空にコインをひとつ出現させた。そしてアンドリューは手を銃に見立ててガレオに指を差した。
「当たったら死ぬほど痛ぇぞ」
次の瞬間、コインは勢いよく飛んでガレオの左肩に直撃した。
「痛っ……」
激しい痛みでガレオの表情が歪む。
ガレオは今のアンドリューの一連の行動であることに気がついた。
「今のは、まさか……」
ガレオはアンドリューがコインを飛ばした時に、瞳が赤く変化したのをはっきりと見ていた。
この男、転生者だったのか。
(とにかく転生者を発見したら僕に連絡するように)
ルイスが伝達用魔道具でそう言っていたことを、ガレオは思い出す。
ルイスは確かに優秀な魔導師だ。だが今少し手合わせをしただけでわかった。この男の力は次元が違う。この男はまだ全く本気など出していない。恐らく半分、いやそれ以下の力で俺の実力を試しているんだ。
コインが直撃した左肩からは血が滲んでいる。見ると表面の肉が抉れ、コインが肩にめり込んでいた。
ルイスだけじゃない。他の皆にもこんな危険な存在の相手をさせるわけにはいかない。
ガレオは誰にもこの事を知らせないことにした。
「オイオイ、こんなんで倒れられたらつまんねぇって。もっと頑張ってくれよ」
アンドリューは今度はコインを三枚浮かせた。そしてまたガレオにて指を差す。三枚のコインはものすごいスピードでガレオに向かって飛んでいく。
火属性魔法〝カエンコウジュン〟
ガレオがアンドリューに向けて両手をかざすと、ガレオの目の前に大きな円形の炎が現れた。三枚のコインは炎に触れるとみるみる溶けて、その勢いを失っていく。しかし完全に勢いを殺しきれず、三枚のコインはガレオの胸に直撃した。
「くっ……。これでも少し厳しいか」
体に突き刺さるほどの威力はないが、鈍い痛みが胸にしっかりと残った。
通常のカエンコウジュンはさっきのよりもっと薄くて小さい。そして片手で出せる簡易的な盾として利用する魔法だ。ガレオはアンドリューに警戒し、両手で魔力を多く込めて盾の密度を上げていた。
それで、このザマか。
参ったな……これは。
「あんた、転生者か?」
ガレオはアンドリューに確信に限りなく近い疑問を投げかけた。
「あぁそうだ。だからお前とは格が違う。まぁ少しでも長く生きられるよう足掻け。俺をもっと楽しませろ」
そう言ってアンドリューが狂ったような笑顔を浮かべる。
まずいな、ここから畳み掛ける気だ。
ガレオは考えた。彼ならどうやってこの状況を打開するのかを。自分の発想だけではこの窮地を乗り切ることはできないと、この時ガレオは思った。
普通の戦い方では駄目だ。
このまま戦い続ければ俺は、確実にこの男に敗北する。
シン……。
こういう時、お前ならどうする?
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