マグロ・エゴイスティック 7-2

「せっかく本船にお見えになったわけだし。船長として精一杯おもてなししたるで、まあ……楽しんでってちょーよォ!!」


 そして襲いかかってくる!

 

 しょは大胆な突きだった。

 速い!

 近距離戦闘特化型顔負けのスピードで瀬戸船長は踏み込み、誓の胸の中央めがけ殺人的なを繰り出してきた。

 誓はそれを見切って逸らすことこそできたが、危なかった。思っていたよりもずっと速い。


 瀬戸船長は素早く剣を引き、さらに二撃目、三撃目と同様の突きを繰り出しながら前進してくる。

 誓はそれを見切って逸らす。逸らしながら後退する。


「どしたァ!? 立派な刀持った魔法使いが逃げとるだけか?」


 瀬戸船長は挑発しながら五発目の突きを構えた。

 そして放つ!


(そんなまさか!)


 誓はその攻撃を逸らし、また右足を大きく前に出してみぎはんたいを捌いた。

 そうして瀬戸船長の突きを彼の身体ごと受け流し、彼を比較的開けた船首オモテに追いやった。


 すかさず反撃に出る。

 首から下が全部機械ならば手加減の必要はない、上半身が残ればそれでよい!

『誉』を上段に振り上げ、その機体を両断せんとけに打ちかかる!


 瀬戸船長は転がるようにその致命的な斬撃を回避。

 立ち上がったところへ誓の二撃目。

 右から水平に薙いで的確に首を落とそうと試みる。

 これもひらりと回避される。

 返す刀で三撃目。これは届いた!

 ──が些か威力が足りなかったか、瀬戸船長のカトラスに真正面から受け止められてしまった。

 二つの超高周波振動ブレードがお互いの刀身を食い千切らんとつばう。

 火花を散らし、黒板を引っ掻くような不快な音を立てる……!

 

「やりゃァできるがや。それにしても可愛い顔して乱暴な戦い方するがね」

「それで?」

「はー冷てゃァ声……。よっしゃ、オジサンがいっちょホットにしたるわァ」


 ぱっ、と瀬戸船長はカトラスから手を離しながらバックステップで距離を取った。

 支えを失ったカトラスこうはんに叩きつけられ、つんのめった誓の刀が当たって木っ端微塵に破壊された。


 瀬戸船長はそのまませんきょうげんがわの通路まで退き、左手の指をパチンと鳴らした。

 するとどうだろう。

 おお、なる仕掛けによってか彼の隣の板材がバタン! と跳ね上がり、その下からM134『ミニガン』六連装ガトリング銃が飛び出してきたではないか!?

 この甲板の仕掛けはかの国際魔法テロ組織『ネオ・バプテスト』が製造している舶用隠し武器システムだ……!

 モノは少々高価だが、船舶に装備するための工事自体は『既存の上甲板を引っ剥がして取り替えるだけ』と割合簡単なのが利点である。

 写真や映像で見たことはあったものの実物と出くわすのはこれが初めてだ。

 瀬戸船長はそんな舶用隠し武器システムから飛び出してきたミニガンをバシッと掴み、軽々と両手で保持すると、ちゅうちょなくトリガーに指をかけた。


(ヤバい!)


 それを見た誓は反射的かつ直感的に、大きな円筒形のの影に隠れた。


 一瞬遅れて。


 鉄風雷火の嵐が吹いた。


 前世紀の遺児の化け物じみた重火器の口から撒き散らされる毎秒60発以上もの鉛玉が海に、上甲板に、そして誓の隠れるウインドラスに降り注ぐ!

 その射撃は一発一発が魔法使いの肉体をしても耐えきれないほどの破壊力を秘めていた。

 もし今このウインドラスから身体を出せばそう長くは保たないだろう。そしてこの頑丈なウインドラスも遠からずスクラップに変わる運命にある。

 近距離戦闘に特化している誓にはこの攻撃に対する有効な手立てが何もなかった。

 彼女にはろくな防壁魔法も扱えなかったし、身を隠したままあの船長を攻撃できる射撃魔法もなかった。


 だがそれを嘆くこともまたなかった。

 何故なら誓の“後ろ”には彼女が控えてくれているのだから。

 誓にできないことは彼女がいつだって埋め合わせをしてくれる。


 ……ミニガンの弾幕が止んだ。

 直後、エネルギー射撃魔法に特有のつんざくような着弾音がたび連続で鳴った。


 誓はウインドラスから顔を覗かせて瀬戸船長の方を見てみる。

 そこには魔法で形成された氷の柱が三つ立ち並んでおり、ちょうど手前から順に砕け散っていくところだった。

 満里奈の火力支援によるものだ。

 誓は頭の中で彼女に礼を言いつつウインドラスから駆け出した。

 彼女のおかげで隙ができた。

 そこを攻める!

 酔拳めいた不規則な動きで満里奈の攻撃を避けていた瀬戸船長に今度は誓が突きをお見舞いする。

 獰猛な唸り声を上げる『誉』を帯電させながら突進する!


 一発目。

 瀬戸船長はミニガンを振り回して『誉』を逸らした。

 代わりにミニガンは壊れた。


 二発目。

 船長は銃の残骸を投げつけて誓の攻撃を妨害した。

 誓はそれを海へ叩き落とした。


 そして三発目。

 誓はまたしても突くと見せかけ、大きく『誉』を振りかぶった。


 瀬戸船長は両腕で脊髄反射的に頭を庇う!

 誓は手首のスナップを素早く効かせてガラ空きになったそのぎゃくどうを斬りにかかる!!


「まずッ──────!?」


 誓の狙いに気づいた瀬戸船長は慌てて腕を下ろしつつ引き下がる。

 だが遅きに失した。

 彼の左の二の腕に『誉』の黒ずんだ刃が食い込み、シリコンの表皮を引き裂き、チタン合金製のフレームを食い千切っていく……!!


「……………………おお」


 がしゃり、と。


 瀬戸船長の左腕が二の腕から切り離され、甲板上に落下した。

 痛覚は実装されていないのか、瀬戸船長は切り落とされたそれをただ不思議そうに見た。

 断面からは赤茶けたオイルがボトボトと血のように溢れ落ちていた。

『誉』にもそのオイルがこびりついていた。

 刀をサッと振って、誓はその血糊を落とした。


「一本頂きましたよ。まだりますか」

「……………………うん。まだだわァ」

(ま、まだるの……!?)


 何たる士気の高さか、いやいくさぐるいか。

 船は囲まれ、部下はみな海に落とされ、左腕を失ったのになお戦うとは。

 瀬戸船長は常人の三倍の脚力で煙突へ跳び、マスト伝いに船首オモテへと移動した。


 パチン、と指を鳴らす音が響く。

 甲板の板材がバタバタと跳ね上がり、テロリストお手製の舶用隠し武器システムから複数の機械が飛び出してくる。


「だってあんたもまだ“とっておき”出しとらんだろ!? それじゃもったいにゃァて!!」


 上部構造物スーパーストラクチャーが視界を妨げ、一体彼が何を使おうとしているのか誓にはよく見えていなかった。

 だが音だけは聞こえてきていた。

 ガシャン、ガシャン、と重機械同士が擦れ、接合しあう音。

 およそ個人で使うような類のものではないと容易に想像がつくほどの重厚な音。

 そして燃焼音。

 もちろんパチパチなどというしょっぱいものではない、もっとこう、ジェット戦闘機か化学式ロケットのような、馬鹿みたいな推力を持つ爆炎の音だ!

 その音に混じって瀬戸船長の声がする、


「この邪魔なモンを全部片したる。危にゃァで絶対そっから動いたらかんでなァ!」


 と。


 そして。


 次の瞬間。




 船橋や煙突などの上部構造物スーパーストラクチャーが爆発してスクラップと化し、吹き飛んで消滅した!!!!!!

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