ファースト・ステップ 4-3

 魔法陣から射出された三発の空気砲撃は誓たち三人を正確に狙っていた。

 三人はすぐさまバックステップして回避。コンマ2秒後に弾着。そのまま爆発すると、おお……その場に強烈な竜巻が発生したではないか!

 それもただの竜巻ではない。見るがいい、不運にも着弾地点に立ち入ってしまった数匹のフナムシたちを。空へ舞い上げられながらバラバラに引き裂かれていくではないか!?

 竜巻が止んだ後、彼らは原型を留めない無残な姿となっていた……なんという残酷なミキサーか。直撃すればたとえ魔法使いでも決してただでは済まないだろう。


 間髪入れずに次弾が来る!

 誓たちは再度回避。竜巻が発生し、フナムシが引き裂かれる!

 三発目、回避! 今度は錆びた看板がズタズタに!


「「!!」」


 ──ヂッ! と嫌な音がした。


 誓は左頬に恐る恐る手を当てた。

 真っ赤な血……。飛んできた看板の破片が皮膚を裂いたのだ。

 ドクン、と傷口がうずく……!


(〈エアロスライサー〉……疾風属性の基本的な中距離射撃魔法だっけ……)


 誓は何かを誤魔化すように、必死に座学の内容を思い出した。

 もちろんこの程度痛くなんかないし、魔法使いなので傷自体もすぐに癒える。

 だが当たったことに変わりはなかった。敵の攻撃が当たったことに。

 それがもたらすものは即ち。


 本能的な恐怖。


 呑み込まれたらお終いだ……!

 だから必死に頭を回す。恐怖から目を逸らして、意識を無理やり闘争に向かせる。


(こういう相手と戦うときは、より遠くから撃つか、あいを詰めてインファイトを仕掛けるか。そして私が使えるのは近距離の白兵魔法だけ。だったら近づかなくちゃいけないけど、かつに踏み込めば……!)


 ………………ダメそうであった。

 どうしても恐怖を拭い去れない。自分が負けるビジョンばかり見えてくる。

 そして一度それを自覚してしまうと、それこそ本当にダメであった。

 頭がそれでいっぱいになり、打ち消そうとしても打ち消せない。それどころか余計に思考が硬直していく。


 負のスパイラルだ……。


 まさか自分がここまでナイーブだとは思ってもみなかった、なんて無駄に冷静な考えすら湧いてくる。たかが破片一個、たかが切り傷一つだというのに。

 それはある種の現実逃避でもあった。恐怖から己を守るための、脳による防衛機制だ。もちろん戦いにおいては何の役にも立たない類の。


 あーあ、私はダメな女だ。魔法使いになると決めたときは何か威勢のいいことを考えていたくせに、このままやられてしまうのかな──?


【ちょっとちょっと、しっかりしてよ】


 ──などという加速度的なマイナス思考を、夏海の声が強制停止させた。


【あんたたちビビりすぎよ。あんなの瞬殺でしょー】

【【!!】】


 はっとした誓が満里奈を見ると、満里奈も誓を見ていた。

 目が合った。

 そうだった。

 そうじゃないか。なんでこんな簡単なことを忘れてたんだろう?


(二人で力を合わせれば……乗り越えられる)


 誓の脳内の嫌な想像が打ち破られ、取るべき戦術が思い浮かんでくる。

 満里奈はまだ恐怖とも不安ともつかない色を瞳に浮かべていたが、誓はそれを眼で説き伏せた。大丈夫。できるよ。だから信じて、と。

 すると満里奈はわずかに頷き、対象ターゲットを見据えた。

 誓も対象ターゲットに視線を戻す。対象ターゲット──佐藤も佐藤ですっかり興奮しきっており、冷静な判断力を失っているらしい。誓と満里奈がビビっていている間に逃げてしまえばいいものを、りちにその場で二人の出方を窺っていた。


 この場にいるのは夏海を除けば全員戦いの素人であった。

 だが同じ素人でも、誓たちの方がまだ上である。何故ならば。


 ほんの少しだけ成長して、今から初めての勝利をもぎ取るのだから。


 誓は右片手に握った『魔法の杖』を、刀のようにもろで構えた。

 そして駆け出す!


「来たな……!」


 興奮で顔を真っ赤にした佐藤が再び魔法陣を輝かす。

 それならまずはテメェから痛い目を見せてやると言わんばかりにたった一発だけの空気砲弾が放たれる!

 それは誓の肌に触れ、弾け、白く柔らかい肌をあのフナムシや看板などのように……!


 ……引き裂けない!!


「!!!???」


 佐藤は面食らった。

 そもそも空気砲弾が当たりさえしなかったのだから。

 誓の身体の前に、ちょうど盾のように、青白く光る魔法陣が浮かび上がっている。それが氷の障壁に変化して空気砲弾を無力化したのだ。

 ──〈フロスト・オブストラクション〉。

 冷気属性の基本的な防壁魔法。最大約100メートルの射程距離を持ち、使用者が消費した魔力よりエネルギー量の小さい攻撃を防ぐという、今の満里奈が使えるたった一つだけの魔法だ。


 かくして誓は佐藤といっそくいっとう、つまり一歩踏み込めば攻撃が届く間合に傷を負うことなく入った。

 ここまで詰めれば〈エアロスライサー〉はもう撃てまい、ここで撃てば自分にも当たってしまうからだ。

 もらった! 誓は勝負をつけるべく、今の自分が唯一使える魔法の名を詠唱コールした。


「〈プラズマセイバー〉ッ!!」


 その声と意志に呼応した『魔法の杖』が魔法を起動し、システムと接続している誓の脳にせいなイメージを描き上げる。

『魔法の杖』の先端部からジェット噴射されるの剣。刃渡りは剣道の竹刀と同程度となる約80センチ。表面温度は摂氏1000度前後。

 描かれたそのイメージを、つまりは虚構を観測して現実と入れ替え、誓が持つ電撃の魔力を注ぎ込み、実存としての質量を持たせる。

『杖』の手元から紫色の魔法陣が浮かび上がり、先端部から虚空へ向けてスライドしていく。まるで見えざるさやを外していくかのように。その軌跡には本当に電離した気体の刃が……!!

 誓は諸手に握った〈プラズマセイバー〉を振り上げた。

 佐藤が反射的に頭部をかばう。素っ裸の脆い腹部が晒される。

 手首のスナップを効かせつつ右足から大きく踏み込み、身体をみぎはんに大きく捻りながら、佐藤のぎゃくどうに打ちかかる……!

 

「うおおぉぉぁぁぁああぁぁああぁあッッッ!!!???」


 摂氏1000度の超高温に触れれば魔法使いとて相応の痛みにはなる!

 刃を振りきった誓は勢いのまま佐藤に体当たりし、全体重をぶつけて吹っ飛ばした!!

 佐藤は大きく姿勢を崩し、桟橋に踏みとどまろうとしたが叶わず。

 再び夜の運河へと落ちていった……!!

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