ファースト・ステップ 5-1

 摂氏1000度前後なら魔法使いは死なないし、火傷やけどもしない。

 怪我させることなく最大限の痛みを与え、無力化するのに最適なのがこの温度なのだ。

 次に桟橋へよじ登ってきたとき、佐藤はもう完全に戦意を失っており、登ってくるなり気絶してしまった。その隙に夏海によって捕縛魔法をかけられ、『魔法の杖』も押収された。

 あとは護送担当の部隊が到着するのを待って、佐藤ともども彼らに総局まで乗せていってもらい、機動部隊の司令官に任務完了の報告をするのみである。佐藤は総局で取り調べを受けた後、魔法裁判所で国内法に基づく公正にして厳格なる裁きを受けることとなるだろう。


「よーし、これでひとまず一件落着ねー。お疲れ様」


 夏海はそう言って近くにあった自動販売機に歩み寄った。陳列棚を見上げつつ、あんたたち何か飲む? と聞いてくる。


「じゃあ私、エメマンでお願いします」

「わたしはマッ缶で」

「はいよー」


 夏海はまずエメラルドマウンテンのボタンを押し、陳列棚の脇で緑色に光った『ID支払い』の文字列をタップした。次いで満里奈のマッ缶を買って、教え子たちにぽいっと投げ渡した。

 そして自分では何も買わず、帯革ベルトのポーチからタバコを──セブンスターを一本取り出し、ジッポで火をつけ、心底美味そうにえんを吐く。……絵面だけ見たら完璧に違法行為未成年喫煙だなー、と誓は思ったが、口にはもちろん出さずにおいた。

 

「それにしてもまあ……いくら新米ニュービーとはいえ、あそこまでとは思わなかったわよ、あんたたち」


 夏海が笑いながら言った。


「二人してほんとビビりすぎ。あんなんじゃ勝てる相手にも勝てないわよ」

「「すみませぇん……」」

「ったく……まあでも、仕方のないとこもあるのかしらね。一度魔法使いに酷い目に遭わされかけてるわけだし。まずはその『ある種のトラウマ』を克服しなきゃって感じかしらね」

「……ちなみに教官の初めての実戦は、どんな感じだったんですか?」


 と、満里奈。


「アタシの~? それ聞いちゃう?」

「聞いちゃいます!」

「はぁ……。ええ、うん。まあ、酷いザマだったわよ、あんたたちよりずっとずーっとね」

「「えっ?」」

「教官に……光莉さんに連れられて、子供を誘拐して海外へ売ってるとかいう人さらいのアジトに乗り込んだんだけどさー。そこがまあ新米ニュービーには刺激の強すぎるところでね……道中でとんでもないものを見ちゃって、あまりの衝撃にアタシその……

「「えぇ……」」


 二人は軽く引いた。

 ちびった? ちびったって、おしっこを? この教官が?

 全くもって想像ができなかった。一体何を見たらそんな、この教官がそこまでショックを受けるというのか?


「ちょっと何よその反応ー! あんたたちが聞いたんでしょ?」


 と、夏海は少し不機嫌になって見せる。


「ったく……。まあとにかく、どんな魔法使いも最初のうちはそんなもんってことよ。でもみんな経験を重ねて強くなっていくの。というわけで次の訓練は今日の反省会から始めるわよ。帰ったらちゃんと自分たちで今日のこと振り返っときなさい。聞くからね」

「「了解!」」




 ……………………。




「……それにしても……」


 夏海はフィルター近くまで吸いきったセブンスターをてのひらに押し付けて消火し、ポーチの携帯灰皿に仕舞った。


「護送チームの奴ら遅いわね。どこで道草食ってんのかしら?」

「……確かに遅いですね」


 誓は腕時計を見た。夏海が管制室に対象ターゲット制圧の連絡をしてからもう10分は経つ。

 総局からここまではふねを使えばどんなにちんたらしても10分かからないはずで、もういい加減着いていなければおかしい頃合いである。

 夏海は管制室に呼びかけた。


【ねえ、護送チームが来ないんだけど……はぁ? 変な魔法使いに足止めされてる? 何やってんのよそんなやからとっとと水路に沈めて来なさ、っ──!!!???】


 彼女が何かに驚いて言葉を途切れさせ、目を見開いた次の瞬間。

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