ファースト・ステップ 4-2

 ──なるわけなんてなかったのだが。


「「えっ?」」


 誓たちは半回転して男たちの手を振りほどき、その土手っ腹にパイルバンカーめいたボディブローをブチかました!

 その威力はとても麻酔をかけられた人間に、いやそうでなくともこんな少女たちに叩き出せるはずのないものだった。満里奈に殴られた男は泡を吹きながら大の字になってひっくり返り、誓に殴られた方に至っては5メートル以上もぶっ飛んだ! 彼は身体をくの字に折り曲げたまま廃神社の本殿へ突っ込んでいく。

 一般人ノーマルたちはそれを唖然として見ていた。嘘のようなその光景を。

 呆気なく沈められたアメフト部員の男たちを。


「ほらどきなさいっ! あんな風にぶん殴られたくなけりゃね!!」

「「「う、うわああっ!!!???」」」


 夏海はパニックに陥った一般人ノーマルたちを振り払い、誓たちに先んじて境内を飛び出した。

 二人も遅れずについていく!


【ふんっ、だから放せっつったのに】


 約30ノットの速力(時速56キロメートル程度)で走りながら夏海が言う。

 そう、魔法使いとはただ魔法が使えるだけの人間。個人差こそあるものの、魔力に目覚めた人間は総じて超人的な身体能力と治癒能力をも得るのだ。

 一般人ノーマルが魔法使いに敵わないのは単に魔法が使える・使えないの問題ではないのである。


【つーか、魔法使いの力のこととか知らなかったのかしら。魔法使いの手下だったくせに】

【佐藤さんがわざと教えてなかったとかじゃないですか? 手の内を分析されて、ほんとか起こされたらヤじゃないですか】


 満里奈が応じる。明らかに直近で観たアニメに影響された意見だが、そこまで的外れでもなさそうではある。

 ……もっともANNAのことを知らないという新米ニュービー具合からするに、『魔法使いとしての自分の力を把握しきれてなかった』って可能性の方が高そうだけど、と誓は考えた。


 さて、そうしているうちにも佐藤たちとの距離は縮まっていく。


 管制室によれば彼らは南の水路の桟橋へと向かっているらしい、と夏海。

 ふねで水路伝いにおおせるつもりなのだ。

 そうなればいくら魔法使いの身体能力でも追いつくことは難しくなる。

 そうなる前に追いつかねばならない!


 ブーブー、と対象ターゲットとの接触エンゲージを予告するブザー音。

 あと500メートル──『市営第206番桟橋』と書かれた錆まみれの看板が近づいてくる。乗り捨てられた自転車が倒れている。

 ボートの電動機らしき高周波音が微かに聞こえてくる……!


 夏海が一瞬誓たちの方を振り向いた。

 彼女の意図を察した二人はこくりと頷く。

 そして呼吸を合わせ、地面を強く蹴り──三人は20メートル近くも跳び上がる!

 周囲の看板やはいおくよりも高く、夜の空へと浮かび上がる。眼下に見えるのは幅の広い水路、それに沿って設けられた一本の浮き桟橋ポンツーン

 そして係留装置から切り離され、今にも走り出そうとしている黒い船外機式モーターボート。

 間違いない、佐藤たちの乗ったふねだ!

 

「逃がさないっての!」


 夏海のへきがんが淡く輝いた。

 同時にその四肢からあおい炎が噴出する。りょうてのひらの間に白熱する火炎の塊が生み出され、凝縮し、触れたもの全てを爆炎に包むエネルギー弾へと変わっていく。

 身体が落下を始める前に身体を捻り、回転させ、勢いを乗せて──

 

「止まれっ!!〈ブラストスロウ〉ッ!!」


 ──投げつける!


 あおい火球は甲高い音を立てながら亜音速で運河へ突っ込み、モーターボートのていしゅ10メートルのところに着弾、爆発した。

 ──ドッパァァァンッッッ!!!!!! と大量の水が舞い上げられて柱をなし、周囲の水面を大きく揺らす!

 当然佐藤たちのモーターボートもその煽りを受け、ロデオマシンめいて激しく上下した後、バランスを崩してひっくり返ってしまった……!

 三人は桟橋の付け根部分に鮮やかに着地。海水がサアアーッと雨のように降り注いでくる。

 ……程なくして、誰かが水路から桟橋によじ登ってきた。全身ずぶ濡れになり、オレンジ色の腰巻き型ライフジャケットを身につけた若い男──佐藤である。

 彼は口に入り込んだ海水を吐き出しながら激昂していた。


「ぺっ、ぺっ……やってくれたなテメェらオイ!? このふねはレンタルだぞ!? 魔法使いの警察だかなんだか知らねえけどよォ!!」

「元気そうで何より。ところであのオッパイのデカいオバサンは? あんたとイチャコラ仲良く二ケツしてたはずだけど」

「あ? 知らねえよいつの間にかどっか行ったよ」

「そ。まあ一般人ノーマルの犯罪者は内務省の獲物だし、深追いはしないけど。でもあんたは魔法使いだから、ここでアタシたちが捕まえるわ。持ち物を全部捨てて大人しくしなさい。でなきゃもう一度そのきったない下水をガブ飲みすることになるわよ」

「はっ、誰が……」


 佐藤はずぶ濡れのうわや靴、ライフジャケットなどを邪魔くさそうに脱ぎ捨てると、左腰ホルスターから警棒めいた物体を引き抜いた。

 黒い樹脂で覆われた柄に銀色の金属でできた本体、長さ40センチほどのそれは──『魔法の杖』だ!

 彼は右手で握ったそれを空へ掲げた。魔力が、ヒトの意識に秘められた超次元エネルギーが励起され、緑色に光る魔法陣を空中に描いていく。風がそこへ向けて吹き込んでいく……!


【来るわよ。構えて】


 誓と満里奈も自身の『杖』を抜いて起動した。

 次の瞬間。


「ここまで来といて引き下がれっかよ!〈エアロスライサー〉ッ!!」


 …………風が、爆ぜた!!

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