第三章 マグロ・エゴイスティック Maguros_Egoistique

マグロ・エゴイスティック 1, 2

 あの初めての実戦から約5ヶ月が経過し、9月になった。

 誓と満里奈は同1日付で訓練課程を修了し、准尉としてANNA正規職員に任官。使える魔法も多岐にわたるようになり、名実ともに一人前の魔法使いとなっていた。


 ……そんな時分の、とある非番の日曜日のこと。




§




「おいしい!!」

「ふふっ、いっぱい食べてくださいね」


 ANNA総局庁舎東棟8階にある談話室で、白人の女性将校が舌鼓を打っていた。

 お皿の上では香ばしそうな白胡麻をたっぷりと纏い、もっちりとした皮の中にこし餡をいっぱい抱えた小球体が、お月見団子のようにたくさん積み上げられていた。

 誓の手作りした胡麻団子、もといチントイだ。また円卓の上にはウーロンちゃ入りの湯呑みが三つ。一つは誓の、一つは満里奈の、そしてもう一つはこの女性将校のものであった。

 彼女の名はレーア・ヴァンロッサム、階級は1尉。いっぱしの魔法使いではあるが現場に出て戦うことは全くなく、総局の管制室から作戦のオペレートをしたり、武器などのじゅひんを調達したり、上層部や外部組織等との交渉にあたったりといった裏方が主である。現場で戦う誓たちを全面的にバックアップしてくれる“縁の下の力持ち”というわけだ。

 今日は非番なので、任務はない。誓と満里奈は“個人的な調べ物”のために総局へ来ていたのだが、全くもって進捗がダメなので嫌気が差した。

 そこで気分転換のためにヤムチャの用意をしていたところ、何かしらの仕事を終えた彼女が顔を出してきた……という次第であった。


「はぁあ……疲れた脳みそに糖分が沁みる……」

「何をなさってたんですか?」


 と、誓は尋ねてみる。


「いやいや、ちょっとデスクワークのお手伝いをね。おかげでもう頭が疲れまくりよ。腰も痛いし。はーあ、夏海ちゃんが今日空いてればなあ……」

「『眼科』に行ってらっしゃるんでしたっけ」

「そ、『お目々』の定期メンテにね。ちなみに誓ちゃんたちは何してたの?」

「あー、私たちその、光莉さんのこととか、天人島のこととか調べてたんですけど……」

「でも全然まったくなーんにも分かんなくって。何を見ようとしても機密、機密で……」

「それでいい加減嫌になったので、お茶でも飲んで気分転換するかー、と」

「なるほどねー……」


 是非もないよネ、と言いたげな顔のレーア。

 それもそのはず。このANNAは国連の総会決議に基づいて作られた立派な『秘密結社』なのだから、そりゃ機密事項の100個や200個ぐらい当然のようにあるものだ。たとえそれが当事者のじつじょうにその幼馴染だろうと、見せられないものは見せられない。

 だがそうは言っても、真相の手がかりの一つすら掴めないのではあまりにもどかしい。これでは一体何のためにANNAに入ったのか分からなくなる。特に満里奈は。

 自分たちがレベルシックスクリアランスを入手できるまで待っていようなんて気の長いことも言っていられない。これが低位のクリアランスならまだいくらか我慢して機会を伺うが、『オミクロンドーデカ』こと最上層部の一二人にしか付与されませんなんて権限、バカ正直に狙うぐらいならいっそ光莉本人のところからお迎えが来るのを待つほうがよっぽど早い。

 あのおっかない『警告』のレッドスクリーンを思い出しつつ、誓は溜め息をつく。隣で頬杖をついている満里奈も、揃って大きな息をついた。


「お父さんには聞いてみたの?」

「聞いてみたけど、だめでした。俺も本当に何にも知らないんだ……って無駄に凹ませちゃっただけで」

「そっか……」

「はぁあ……せめてこうなんか、ほんのちょっとでいいから、ツッコんだ情報が欲しいなー……当時の関係者の名前とか……」

「あ、あたしそれ知ってるよ」

「そしたらわたし直々にインタビューを……えっ?」

「今なんと?」


 誓も聞き返した。


 このオランダ人女性、今、何て言った……?


 二人の少女の食いつきっぷりに反し、彼女は周囲をよく警戒してから、小声で答えた。


『あたし、事故の直前まで天人島にいた人と知り合いだよ』

「………………」

「………………」

「「……ええっ──」」

「しーっ!」


 思わずデカい声を上げそうになった二人の口にレーアは慌てて指を当てる。次いで談話室の入口を見て誰もいないことを再確認。通りすがりの者は……誰もいない。

 それから二人に耳を近づけさせて、先程よりもさらに小さなささやき声で内緒話をしてきた。


『あたしの昔の友達が、いわゆる“ギフテッド”ってやつでね……学校に在籍しながら色んな研究機関に出入りしてたんだ。それであの事故のほんの数日前まで、三笠の研究員として天人島にいたらしいの。結構仲良かったからさ、今でも連絡取り合ってんだよね』

『『こっそり?』』

『うん、事故のショックからか精神を患っちゃっててね……。でも軍事的な研究にもだいぶ関わってたらしいからさ、目を離したら何かやらかすんじゃないかって疑われてて。それでずっと三笠の監視下に置かれてるの』

(……大丈夫なのかなそれ)


 是非とも頼りたいところだが、同時に物凄い不安も感じた。


 三笠は各種需品や土地・活動資金等の提供、共同研究などによりANNAと非常に深い関わりを持つ組織で、ANNAのフロント企業呼ばわりする魔法使いすらいるくらいの存在なのだ。三笠の監視下にあるというのは、ANNAの監視下にあるというのとほぼ同じなのである。

 それを潜り抜けることがどれほど危ない綱渡りか……もし情報局にバレでもしたら、よくて拷問まがいの査問にかけられた上で記憶処理、最悪の場合は『無害化処理さつがい』だ。

 誓と満里奈は顔を見合わせた──そんなモロにヤバいコネを頼ってしまっていいものか? いくらなんでも『すごいすごい! じゃあそのお友達とどうにかお会いできませんか?』なんておいそれとは言えない。

 しかしレーアは二人の胸中を察し、悪戯っぽい笑みを浮かべながらこう言った。


『へーきへーき。だいたい機密事項を嗅ぎ回ってる時点で誓ちゃんたちも同じ穴のむじなだよ?』

『『うぐ……』』

『レベル6クリアランスの取得なんて待ってられないんでしょ? 大丈夫ほら情報局に怒られたらあたしが責任持つからお姉さんに任せなさーい! ね?』

((むう…………))


 誓と満里奈は、たっぷりと悩んだ。

 満里奈は悩みながら煎堆に手を伸ばした。

 そして煎堆のピラミッドが真っ平らになってしまうまで、悩み抜いた。


 その結果。


((この場は頼るしか……ないかあ))


 お姉さんに任せてみることに、決めた。

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