マグロ・エゴイスティック 6
観音開きになっている船尾部がしめやかに開いた。
内部には滑り台めいた形状のスリップウェイが設けられており、黒いゴムボートが最上部で控えている。ボートには操艇担当の乗組員と、刀を持った長髪の魔法使い──誓が乗っていた。
ピィーッ!! とホイッスルが鳴ると同時、固定具が外され、ボートが海面へと滑り落ちる。艇尾に取り付けられた船外機が唸りを上げ、艇体が動き出し、ごうごうと風を切り始める。
満里奈の防壁魔法陣のおかげで洋上は昼間のように明るかった。ハンドルを握る屈強な乗組員が「こりゃすげえなオイ、まるでイルミネーションじゃねえか」と大きな独りごとを言った。
「嫁と娘にも見せてやりてえよ。魔法使いってのはみんなこんなことができるのかい?」
「みんなはできませんよ、私には無理です」
「じゃああんたはどんな魔法を使うんだい」
「それはこれからのお楽しみです」
「なるほど、じゃあゆっくりと見守らせてもらうよ」
誓は座席から立ち上がり、刀を
親指を
がちゃっ、と小さな音がして『誉』の魔力認証ロックが解け、黒い
雷を纏う魔剣の刀身がゆっくりと抜かれていく。特殊炭素合金製の刃に日本刀本来の光沢はなく、ただその重さを表すようにわずかに黒く艶めくのみ。
誓は磁場操作の魔法を準備しつつ、ボートの
「応」と乗組員は返した。
「いち、にの──さんッ!」
そこから海賊船までの水平距離は約50メートルもあったが、誓は自身と海賊船を磁力線で繋ぎ、身体を
背後から小さく聞こえてきた「御武運を!」という声に挙手の礼で応じながら。
そして着船。
すると誓の方から押し入るまでもなく、船内から男たちが出てきて立ち塞がった。
彼らはみなカーゴパンツにTシャツという軽装で、
この中では最年長らしきタトゥー入りの男が犬歯を剥いた。
「我らが『ピニャ・コラーダ』へようこそ、魔法使いのお嬢ちゃん。とりあえずこれでも受け取────うぶふぉッッッ!!!???」
誓は彼の喋りが終わるのを待たず飛び蹴りをかました。
次いでその他の男たちに峰打ちなどを打ち込んで手早く行動不能にしていく。
ダメージを最小限に、間違っても死んだりなどしないように手加減しながら、10秒かけずに始末していく。
最後の一人を回し蹴りで倒すと、
膨張式のゴム製
誓はまだ意識を保っていたタトゥー入りに歩み寄り、その胸ぐらを掴み上げた。
「
「全員で海へ飛び降りて、あの中で巡視船の人を待っててください」
「あっ、はい」
「ほら行って!」
彼らは一目散に海へ飛び込み、気絶していた者も彼らに担がれて船を去った。
誓はそれを背に船内へ突入。賊どもの首魁である船長を最優先で押さえにかかる。
いるとすれば船橋か船長室のいずれかである。が、船橋に船長はいなかった。いたのはハンドガンしか持っていない
激しい魔法戦に巻き込まれるのを防ぐべく、誓は彼らも海へ飛び込ませた。
返す刀で船長室へ。階段を駆け下りて居住区画へ向かう。
彼は服装こそ他の海賊と似通っているが得物が異なり、銃火器ではなく西洋めいた片手持ちの剣で武装していた。
そして何よりも違うのは魔力の放つ“圧”が感じられること。
魔法使いだ! 魔法使いが船長室を守っているのだ。
誓は電撃の魔力を励起し、『誉』の刀身を一際激しく帯電させた。
そのまま左手を離して右片手で
それから軽く助走をつけて一気に踏み込みつつ勢いよく突き出す!
「!!!???」
敵魔法剣士は幅広い刀身を持つ得物を盾のように構えた。
そこへ『誉』の切先が食らいつく!
誓の突きはその硬く肉厚な刃を貫けなかった。だが突進自体の運動エネルギーまでは殺されず、衝撃としてモロに伝播し、彼の身体をビリヤード玉のように通路の突き当たりまで吹っ飛ばした。
ダァン!! という衝突音が響き、後頭部を強打した彼は気絶した。
瞬殺であった。
だがこれで終わりではない。背後から現れた別の魔法使いの
「〈ライトニング・アロー〉ッ!!」
「〈
誓は刀身に魔力を纏わせ、振り向きざまに振り下ろした。
刀の軌跡がそのまま紫色のエネルギー波として放たれ、敵魔法使いの撃った稲妻の矢と真正面からぶつかり合う!
魔力量で言えば誓の方が断然上だ。稲妻の矢は瞬時に真っ二つに切り裂かれて雲散霧消し、紫電の刃はそのまま敵魔法使いへと向かっていく。
次の瞬間彼は紫色の電撃に焼かれ、煙を上げながら気絶した。これも瞬殺!
「……ふぅ」
誓は周囲の警戒を続けながらも一息ついた。もう雑魚が襲ってくる気配はなさそうである。
そこで腰の思考通信機のスイッチがオンなのを確かめ、頭の中で呼びかけた。
【満里奈】
【はいはーい?】
【今から親玉と
【おっけー!】
幼馴染の少し間延びした返事で通信を一旦締める。
そして目の前のドアへ目の焦点を戻す。『船長室』というプレートが掲げられた、他の
何の変哲もないただのドアだ。だがそれは非常に禍々しく、かつ重たい雰囲気を内側から滲み出させていた。
それがこの船の親玉に対する本能的恐怖であることを誓はよく自覚していた。
知っての通りこの船には複数の魔法使いが戦闘要員として乗っていたわけだが、事前の情報によると、それを従えていた船長自身は(まことに信じがたいものの)
彼らのようなならず者の世界では力こそが全てであり、魔法使いの力は
それが一体どんなものか、想像することもできない──だがここまでやってきた以上は、戦うしかない。
誓は
そして。
意を決して突入した。
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