マグロ・エゴイスティック 7-1

 果たしてその中には。


「………………!!!???」


 

 

 そう、本当に。


 

 

 はなから誰もいなかった、というわけではなさそうだ。

 床には木っ端微塵に破壊されたHDDの残骸が散らばっており、ほんのついさっきまでは確かに“いた”ということを物語っている。


 だが現に船長はここにはいない。隠れられるようなスペースがあるわけでもない。


 一体どこへ消えたのか?

 窓から海に逃げられたか?

 いやしかし窓は閉まっている。


 誓がそう困惑していると。




使

「ッッッ!!!???」




 背後から突如男の声がした……!


 誓は振り返りながらバネ仕掛けのようにバックステップして声の主から距離を取った。

 心臓が高鳴り、汗が猛烈に噴き出してくる。

 そんな誓に彼は笑いながら話しかけてくる。


「そんなびっくりするこたにゃァがね。それともホンマに分からんかった?」


 その男は──海賊船の親分は、ぐらいのおとこであった。

 左胸に『赤い星』の縫い付けられた、北朝鮮の海軍から流出したと思われる藍色の作業服。金の糸で『Piña Colada』と刺繍された黒いキャップ。そして度の入っていないスマートグラス。レンズの奥では温厚そうな目が恵比寿神えべっさんめいて細められていた。

 おもちだけなら実際人懐っこそうで、まるで下町の居酒屋かラーメン店にでもいそうな雰囲気が滲み出ていたが、誓にはもうその凶暴な本性が視えていた。

 人間なら誰でも自然と発している微弱な電磁波が完全に異質なのだ。それはタンパク質からなる有機生命体の発するものではなく、むしろに近かった。

 そう、つまりこの男は、肉体のほとんどが戦闘用の義体に置き換えられている、恐るべき機械化人間なのである。

 恐らく生身のまま残っているのは脳みそぐらいだろう。


 道理で、と誓は思った。

 誉の柄を握りなおし、この油断ならぬ強敵を睨みつける。

 一方名古屋訛りの船長は、やはり気さくそうに微笑みながら、帽子を脱いでお辞儀をした。


ご乗船いただき誠にありがとうございますウェルカム・オンボード、我が愛船『ピニャ・コラーダ』へようこそ。船長のつなひろと申します。どうぞよろしく」

「……随分余裕なんですね、これから逮捕されるところだっていうのに」

「くくっ、そら嬢ちゃん、船長ってなァ肝っ玉がにゃァと務まれせんでよォ。今から逮捕されておかのムショへブチ込まれるからって、そんで取り乱すようじゃかんのだわァ。ほんで嬢ちゃん、名前は?」

「名前ですって?」

「俺はちゃーんと挨拶したに、そしたらそっちも挨拶返すのがマナーだがね」


 ……誓は一応の礼儀としてのうとうし、踵を合わせてお辞儀をした。


「国連ANNA日本総局機動部隊、第501高等魔法小隊の園寺誓と申します」

「ソノデラ・チカイさんか。ええ名前だがや、響きが綺麗で。制服もよう似合っとるわァ」

「それはどうも。それで? 大人しくついてくるか、痛い目を見てから無理やり連れて行かれるか、どうなさいますか」

「そら、悩ましいなァ」


 誓は柄に手をかけて威圧したが、瀬戸船長は全く動じなかった。

 そればかりか半笑いで顎に手を添え、誓から視線を外し、斜め上の中空を見ていた。

 何たる余裕か……!


いってゃァのはそら当然嫌だわ。でもそうは言っても、あの海の阿修羅だったら兎も角、チカイさんみてゃァな別嬪さんにボコボコにされんなら、それってむしろご褒美やんなァ?」

「そうですか、だったら……!」


 誓は『誉』を抜き放ち、魔力を激しく励起した。

 最早この小男を一般人ノーマルとは認識していなかった。

 本気の本気で、つまり魔法使いを殺すつもりで挑まねば、目標の達成は絶対に不可能であると確信していた。

 黒い刃が帯電し、流し込まれた魔力が内蔵モータを作動する。刀身がチェーンソーめいた、いや大戦期のレシプロ戦闘機めいた獰猛な唸り声を上げ、超高周波の振動を始める……!


「その減らず口が叩けなくなるまで、たっぷり痛めつけてあげます」

「フッ、そう来てもらわなかんわ。あぁもちろんでなんてケチなこたァ言わん、ちゃーんとお代は払わさしてもらうで──こんな狭いところじゃりにくいだろ?」


 瀬戸船長は飢えた狼のように唸り続ける『誉』を見ながら、心底嬉しそうに口角を上げた。

 そしてすうっと左手を掲げ、パチン、と指を鳴らした。

 すると突如船全体が細かく震え始め……部屋の中にゆっくりと、夜空の闇と星の光が差し込んでくる。

 船長室の天井そのものがハッチめいてスライドし、じょうこうはんに直接繋がる出入口が開かれつつあるのだ。

 瀬戸船長は機械化手術によって強化された脚力で一足に上甲板へ跳び出した。

 誓が魔法使い特有の脚力でそれを追って跳ぶと、瀬戸船長は再び指を鳴らして出入口を閉じた。

 そして傍らの壁にかけてあった湾曲した刀身を持つ海賊らしいカトラスを引っ掴み、スイッチを入れ、誓の『誉』同様に超高周波振動させ始める。

 彼は金切り声を上げるその切先を誓に向けつつ、不敵に言った。


「せっかく本船にお見えになったわけだし。船長として精一杯おもてなししたるで、まあ……楽しんでってちょーよォ!!」

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