マグロ・エゴイスティック 4-2

『ブツッ──せんちょう、至急せんきょうへお戻りください……ザザッ』


「……なんだ?」


 安曇船長のトランシーバから聞こえてきたのはあのチャラ男こと航海長の声である。

 しかしその低い声音は明らかにシリアスであり、ナンパの才能がありそうなチャラチャラした様子など一片たりとも窺えない。

 船長は肩に掛けたトランシーバを口元に近づけ、スイッチを押しながら答えた。


「航海長か? 一体どうした?」

『無人機が攻撃を受けてます。魔法らしき赤い光も写ってます、がいせんで間違いありません』

「魔法だと? ここはまだじょうさき沖だぞ。該船の縄張りは駿河湾じゃなかっ──」


 船長がそういぶかしんでかかった、次の。

 瞬間!!

 

 キランッ、と。

 水平線上で何かが光った。

 

「ッ!!」


 誓にはそれが直接見えたわけではなかった。

 格納庫の中から見えるのは船の真後ろだけであって、かつ閃光はそちらで瞬いたのではなかったから。

 しかし彼女の第六感が、魔法使いとしての肌感覚が、莫大な魔力の励起を察知したのだ。船のげんがわから音速の10倍の速さで、火炎属性の超遠距離射撃魔法が──────!!!!!!


「危ないッッッ!!」


 誓は飛びつくように安曇船長の身体を抱いて庇った。

 ほぼ同時に射撃魔法が到達!

 ズズン、と強力な衝撃が船体を大きく上下に揺さぶる……!!

 至近弾だ!!

 

「〈ハープーン〉だ……!」

対艦ミサイルSSMか!?」

「そういう名前の魔法です!」

「なるほど、向こうから出迎えに来てくれたわけだ……よし、私は船橋へ戻る。准尉、キミは相方と戦闘用意。準備でき次第食堂へ集合!」

「了解!」

「よし行け!」


 船長に背を叩かれ、格納庫最奥の扉から船内へ。

 ポーンポーンポーンポーン、という甲高い警報音が船内中で鳴らされている。乗組員が慌ただしく駆け回り、それぞれの持ち場へと向かっていく。その間も船体は大きく上下に揺れ続け、円滑な移動を妨げている。

 魔法使いである誓は揺れる通路を素早く戻り、居室のクローゼットを開けた。ANNAの白い制服に手早く袖を通し、ギョサンからブーツに履き替え、服の上から帯革ベルトを巻きつける。

 次いで二段ボンクベッドの上段から黒の楽器ケース、に偽装された武器ケースを床へ下ろす。指紋と静脈による複合生体認証ロックを解錠して開けた中には、思考通信機、サバイバルナイフ、9ミリ拳銃、そして特殊カーボン製の黒いさやに収められたが仕舞われている。

 三笠グループ傘下の刃物メーカー・プレアデス社の手になる超高周波振動ブレード『ホマレ』だ。二ヶ月ほど前、夏海とレーアから誕生日プレゼントとして贈られたわざもので、近距離戦闘を得意とする彼女には汎用型の『杖』より使いやすい武装だ。

 その『誉』の鞘を金属製のホルダーに通し、さらにそのホルダーを帯革ベルトの左腰に嵌め込む。狭い船内で邪魔にならぬよう、鞘を縦向きに回転させる。それから拳銃、ナイフ、通信機を装着していき、最後に長い髪をゴムで括って……


「これでよし、と」


 一切無駄のない動きにより39秒で支度を終えた。

 船の回避運動により、足場がげんがわへ傾いていく。

 続いて再度の爆発が船を揺らす。アラームはまだ鳴り続いている。


 廊下に出ると、満里奈が一足先に準備を済ませて待っていた。

 彼女は大きな六角柱形の水晶が取り付けられた魔法のステッキ『ゲッコウ』に、特殊繊維で編まれたネイビーブルーのケープという、ともすれば魔法少女のコスプレか何かにも見えかねない装備をしていた。


「どこ行ってたの?」

船長キャプテンとお茶してたの」

「そっかなの」


 満里奈が何故かニコリと目を細めたとき、魔力の励起による“圧”がたび感じられた。

〈ハープーン〉第三射が来る。早く行ってこちらも備えねばいい加減に被弾しかねない。

 いくら下手な護衛艦よりも頑丈な装甲があるとはいえ、この威力の射撃魔法を喰らえばただでは済むまい。急がねば!


 急いで、己の意志のために、今やるべきことをやらねば。


 誓たちは無言でこつん、と拳をぶつけ合い、安曇船長に言われた通り食堂へ向かった。

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