マグロ・エゴイスティック 5-1

 揺れる『しきね』せんきょうにて。

 先進的なデザインの操舵装置や火器管制システムなどがずらりと配置され、SFアニメの宇宙戦艦めいた外観を呈しているその指揮所の真ん中で、安曇は船長席から海を睨んでいた。


「失礼します!」


 がわから可憐な高い声を響かせながら、魔法少女が乗組員に案内されて入ってくる。


「来たか。がいせんは左90度10海里マイルを同航中。第四射がじきに来る。頼んだぞ」

「了解!」


 ネイビーブルーのケープを纏った魔法少女ことふなばし准尉は、それを聞いてすぐさまげんのウイング──せんきょうの両側面から出っ張った見張り用の場所──へ出ていった。


 第三射が撃たれてから一分が経過しようとしている。安曇も航海長も、その他そうしゅや通信士なども誰一人として“魔力”なるものを感じ取る術は持たないが、プロフェッショナルとしての勘が働いていた。

 連中の魔法は確かに強烈だが、本船主砲のような速射はできない。恐らくはエネルギーを溜めるのに時間がかかるのだ。そしてそれに必要なのは、約1分……。

 夜闇のおかげか命中精度は下がっているようだが、そうは言っても狙いは確実に正確になってきている。次の第四射はほぼ間違いなく当たる。そうなれば一溜まりもない、いくらこの『しきね』の装甲をもってしても。

 これを凌ぐには海自の最終不沈兵器こと『ながと』でも持ってくるか、さもなくば──


(彼女の魔法に頼るしかない、か)


 ──安曇は一瞬、横目で左舷ウイングを見た。

 船橋准尉はその手に持っていたステッキを長く伸ばして(伸縮式のようだ)床に突き立て、両手で握り、水平線の向こうを見据えている。

 その体格は本船の誰と比べてもずっときゃしゃだ。武器のステッキですら彼女の背丈より長い。


 ……本当に大丈夫なんだろうか、と安曇は一瞬思った。

 同じ魔法使いにしたって、もっとこう、他にあったのではないか?

 こんな小柄な少女が、本当に、あんな対艦ミサイルばりの威力の攻撃を防げるのか?

 ……だが、その時。

 安曇の視線に気づいた船橋准尉は、一瞬安曇の方を向いたかと思うと。


 ニコリ、と不敵に笑った。


(私としたことが)


 安曇は心の中で己を恥じ、わらった。


(海の阿修羅がこの期に及んで怖気づいたか。一時的とはいえ、彼女も本船の仲間だ。船を預かる者が、己の責任で招き入れた仲間を信じないでどうする?)

ひとふん経過!」


 時間をカウントしていた航海長が報告する。

 同時に船橋内に涼やかな青ざめた光が差し込んでくる。

 その光源は該船の〈ハープーン〉ではなく、船橋准尉のステッキの水晶だ。まるでファンタジーアニメか何かのように、内側から神秘的な光を放っている。

 次いで海面から同色の光が生じた。それは巨大な円と星型、その他こまごまとした幾何学図形や呪文のような文章などの複雑な組み合わせからなる魔法陣だ。

 ちょうど船全体を囲うかのように、直径130メートルほどもある魔法陣が、海の上に展開されていく。

 なんと優美な光景だろうか。阿修羅の安曇ですらここがいくさであることを一瞬忘れていた。

 チャラ男の航海長は呆気に取られていた。「きれい……」と誰かが漏らした、それはこの船橋で船橋准尉の次に若い火器管制員の声だった。

 その魔法陣はそれほどまでに幻想的で、可憐なものだった。

 ……それだけでは、ないのだが。


 キランッ、と。

 水平線の上で小さな閃光が瞬いた。

 とっに我に返った航海長が叫びかける、

 

「来ますッ──」


 だがそれよりも早く〈ハープーン〉が音速の10倍で襲って……!!




 ……来られなかった。




 青ざめた光からなる五重の魔法陣が射線上に出現したかと思うと、瞬時に強固な実体を持つ氷の防壁に変化したからだ。

 極超音速で飛来する〈ハープーン〉はそれを甲高い音とともに打ち砕くのだが、打ち砕くためにそのエネルギーを消費させられ、一枚貫くごとに威力を落としていった。

 それで最後の一枚を抜いたときにはもう、消えかけのろうそくの火のようになっていたのだ。

 弱々しい火はげんそくの装甲に受け止められ、そのまま消えていってしまった。

 さいひょうが魔法陣の光を乱反射し、星のように煌めきながら落ちていく──一同はまた呆気に取られた。こんな壮麗な戦いが現実になされるものなのか、と。


 氷と冷気の魔法少女はウイングから振り向いて、誇らしげに言った。


船長キャプテン、もう近づけても大丈夫ですよ」

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