マグロ・エゴイスティック 4-1

 巡視船『しきね』にはヘリコプター用のフライトデッキや格納庫が設けられており、無人化された哨戒ヘリを最大3機搭載することができる。

 しかし今は一機もいない。空から海賊船を探すべく、日が暮れる前に飛び立っていったからだ。作業員も既に撤収してしまっていた。

 そのガランとした空間の隅っこに、ざあざあという波の音と、カツン、という乾杯の音が響く。もちろんの注がれたグラスだったりはしない──危険度の高い任務や長期航海の際のみ支給されるという、甘く爽やかな昭和風の瓶ラムネだ。


「先程は怖い思いをさせてしまったな……済まん」


『阿修羅』こと安曇船長はそのラムネを景気良くイッキすると、船の立てるなみや『しきね』後方に続いてくる2隻のりょうせんの影を見やりつつ、低い声でそう言った。


「船を預かる者として、外部の協力者とは一度一対一サシで話をしておきかったんだが、そうは言っても私みたいな胸からゴム風船二つ生やしただけのおんなもどきが、ちゃんとうら若き乙女やってる十代にどう話しかけたものか、これがさっぱり分からなくてな。航海長に相談してもまともに取り合っちゃくれないし……それでこう、強引なやり方をしてしまった」

「そうだったんですか……」


 誓はほっと胸を撫で下ろした。

 つまりアレは誓が安曇船長の通り道を塞いでしまったのではなく、逆に船長が誓の通り道を塞いでいたのだ。断じて誓が粗相をしたわけではなかったのだ。

 安曇船長はわずかに顔をしかめて続けた。


「それにしても航海長と来たら、あのチャラ男、人が真剣に聞いてるっていうのに『そんなの同じ女性なんだからハードル低いでしょ、普通に話しかければいいんですよHAHAHA~』とかかしやがってなぁ。私があんなナンパスキルの熟練度カンストしてますみたいなタチじゃないのはよく分かっているくせに。じゃあその普通って一体何だよっていうな」

(意外とおしゃべりなんだなこの人……ナンパの才能はないかもしれないけど)


 あと言葉選びがちょっと満里奈っぽいな、とも誓は思った。

 スキルだとか熟練度カンストだとか──ひょっとすると見かけによらず『そういう趣味』があるのかもしれない。

 満里奈ほどではないにせよ、誓も彼女の影響で『そっち寄り』ではある。それならそういう方向で打ち解けられそうだ。


「……あ、あのっ」

「うん?」

船長キャプテンって……もしかしてオタクな趣味をお持ちだったりとか……しますか?」

「ああ、そうだよ」


 安曇船長はびっくりするほどあっさりと認めた。

 こういう風に聞かれたオタクは、少なくとも一言目では何やかんや言って否定してくるものだと、満里奈がいつか言っていたものだが……安曇船長は堂々とした態度を保っていた。貫禄ある海の女ゆえの余裕だろうか。


「ほぼ生まれつきそうだし、何なら今の仕事を選んだのだって、元を辿ればアニメや漫画の影響だしな。まあこんな話、大学校の同期ですら真に受けちゃくれんのだが──ああそうだ、キミはどうして、魔法使いになったんだ?」

「まあ成り行きですかね」


 誓は反射的にそう答えてから、どう説明を続けたものかしゅんじゅんした。

 それでラムネを一口飲んでから、言葉を紡いでいった。


「相方ともども悪い魔法使いに襲われてたところを、今の上官に助けられて……それでその上官に、ああいうあいから身を守れるよう鍛えてやるって言われたので……」

「………………なるほどな」


 多くの部下を率いてきた指揮官は、そう呟いた。

 それからまた一瞬の沈黙を挟んでから、こう言った。


「つまりこうだ。キミは……戦うタイプというわけだな」

「! ……ええ、まあ、そうですね……」

「護り抜けるか? 護りたいもの」

「絶対護り抜きます」

「そうか。応援してるぞ、女の子。ちなみにそういう私はな、実を言うと仕方なく戦っているタイプなんだ」

「仕方なく?」


 誓はつい安曇船長の言葉をオウム返ししてしまった。

 まさか海の阿修羅ともあろう者からそんな単語が出てくるとは思わなかったから。

 そう、仕方なくだよ、と彼女は笑みをこぼした。


「生まれてこの方、友達も恋人もロクにできたことがない。気がついたら婚期にまで逃げられていた。まぁこんなナリだからな……だがそんなじょでも、乗船中だけは仲間ができる。仲間と一緒にいるには航海をし続けるしかない。だからある意味では『仕方なく』なんだ」


 彼女は格納庫の壁から背中を離した。夜の闇にほとんど覆い隠されてしまった彼女の顔は、自嘲気味に、あるいは照れくさそうに、苦笑を浮かべているように誓には見えた。


「さてと、そろそろ一度戻るかな。なんだか私が喋ってばかりだったような気もするが……付き合わせてしまって申し訳ない」

「いえ。また機会があれば、ご一緒させてください」

「ありがとう。それじゃあ相方の子にもよろしく言っておいて──」

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