ヘヴィ・レイン 2

「「!!!???」」


 彼らは全員四肢を機械化した一般人ノーマルの兵士であり、その顔はヘルメットと覆面によってほとんど隠されていた。上半身には警察の特殊部隊めいた黒の対高等魔法防護アンチメイジックベストを着込んでおり、脆弱な生身を保護している。

 その左胸には白の文字でこう刺繍されていた。


「「情報局『Αアルファ』部隊ッ……!!」」

『その通りだ』


 誓の正面に陣取った『Αアルファ』指揮官の男性(体格からの推定である)はそう答えた。その声はボイスチェンジャによって加工されているらしく、細かなノイズが混ざっていた。

 彼は銃口を向けたまま二人を見下ろしつつ、言葉を続けた。


『船橋満里奈准尉ならびに園寺誓准尉、貴官らには機密事項保護上の嫌疑が掛けられている。よって委員会規則第98条1項に基づく査問に応じてもらう』

「嫌疑って何のことですか。私たちこの近くに住んでる友達と会ってただけなんですけど」

『姑息な言い逃れは止せ。我々とて同胞に手荒な真似をしたいとは思わん』

「だったらその銃を下ろしてください」

『ならまずは貴官らがその武器を捨て、我々の指示に従うことだ』

(…………満里奈)

(うんっ)


 分かりきったことではあったが、穏便には済ませられなさそうであった。

 ならばどうするか。大人しくついていくか?

 そんなまさか。ついていけば拷問同然の査問のすえ記憶処理剤を飲まされるなどの処置を受けることになるだろう。

 せっかく満里奈の母親の、光莉の死の真相のいとぐちを掴むことができたのに、そうなっては何もかも台無しである。

 だったら!


 ……誓と満里奈は、ANNA総局と明確に敵対することを決めた。

 武器ケースで不意にΑアルファ隊員を殴りつけ、包囲を突破することで。


『!? このッ!!』


 ダァン! という乾いた、それでいて重々しい銃声が響く!!

 誓と満里奈はそれを背に高く跳び、水路沿いの五階建てビルの屋上へと一足で退避。そこで武器ケースを開き、それぞれの武器──ホマレゲッコウだけ掴み取った。

 下のΑアルファ隊員たちはその機械化された腕を二人のいる屋上へ向けると、圧縮空気による射出機構でその腕を屋上まで伸ばし、へりの部分に掴まった。巻き上げられるワイヤーが隊員たちを持ち上げてくる。

 誓はホマレを抜き放つと、電撃の魔力を励起しながらビルの屋上に突き立てた。効力範囲をビルの外壁表面に限定。電流値は一般人ノーマルでもギリギリ痛いで済む5ミリアンペア。そのぶん電圧は彼らのベストを確実に貫通すべく超高圧に設定。

 そして容赦なく解き放つ──一般人ノーマルには耐え難い電気ショックで身体を撃ち抜く!


「〈サンダーストライク〉ッ!!」

『『『ぐぁあっっっ!!!???』』』


 三人分の悲鳴が聞こえた。

 その声はボイチェンで一律に若い男性のものに変えられていた。

 誓はそれに構わず武器ケースに残っていた帯革ベルトを巻きつけながら思考を巡らす。


(まだ四人残ってる。でも今のでもうビルへ登って来ようとは思わないはず。何も無理に戦う必要はない。このまま建物の屋上伝いに逃げて撒くか……!)


 満里奈を見る。彼女ももう帯革ベルトを巻き終わっていた。

 お互いに頷き合う。それで意思が伝わる。

 だがその時指揮官含む残りの四人が、射出アームとワイヤー巻き上げによらず自らの脚力だけで跳び上がってきた。

 彼らは二人ずつに分かれて誓たちを囲い込み、そのままの勢いで一切のちゅうちょなく銃を向けてくる!


「任せて!!」


 満里奈のゲッコウが光り輝いた。

 青ざめた光が空中に魔法陣を描き、分厚い氷の障壁に変じる。

 彼らは構わずにトリガーを引いた。雨の中爆炎めいたマズルフラッシュが焚かれ、ダダァン!! というハンドガンにしてはあまりに重たい“爆発音”が幾度も鳴り響く!

 戦闘用の義体でなければ反動で腕の骨が砕けるほどの高威力銃だ。魔法使いの肉体をして重傷を負わしめるほどの威力を持つその銃撃だが、しかし、満里奈の強固な防壁魔法を破るには至らなかった。

 彼らが弾切れを起こすと同時に満里奈は反撃に出る。


「凍てつけ!〈モーメントニトロ・フリーズ〉!!」

『『『『うおぉぉおおっ!!!???』』』』


 指揮官たち四人の四肢が一瞬にして氷に包まれた!

モーメントニトロ・フリーズ〉、その名の通り大気中の窒素を瞬時に固化させる魔法だ。彼らはハンドガンを構えた姿勢のままビルの屋上に固定され、指先一つ動かすことができなくなった。


「ほっといても10分ぐらいで溶けるようにしといたので。帰ったらちゃんと風邪引かないように暖かくしてくださいね。行こっ、誓っ!」

「うんっ」


 二人は戦えなくなったΑアルファたちに背を向けて駆け出す。

 傘や武器ケースはその場に棄てて。どうせ入っているのは帰りの貨客艇バス代ぐらいだ、持っていかれたとて困りはしない。

 それより問題なのはどこへ行くかだ。誓は建物から建物へと跳び移りながら考えた。


(実際にこうなってしまった以上、まずは『避難所』へ行く。そしてどうにかしてレーアさんと連絡を取る。後のことはそれから考える。で、ここから一番近い『避難所』は……!)


 視界の左手側に雨の中でも光を放つ宝石のようなビル群がちらつく。

 東京コロニーの中心部にしてこの国の政治経済の中枢。

 皇居や政府機関、大企業の本社などが集うダウンタウン──皇宮第一都心セグメントだ。

 だがそのすぐ右隣、ちょうど皇居付近から見て北東部に、ここからでも分かるほどあからさまに真っ暗な一画がある。


「満里奈!」

「うんっ!」

「『さるつじ』に行くよ!」

「おっけーっ!」


 誓は満里奈の返事を聞きつつ、今度は自身の右手側の水路を見下ろした。

 水路を行くふねは乏しい。しかし二人の後ろの方からコンテナを一個だけ積んだ小型の自律運航輸送艇トラックが近づいてくる。少しボロいが速力は十分だ。

 誓は満里奈とアイコンタクトを取ると、「せーの」でタイミングを取り、そのふねに飛び乗った。

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