ファースト・ステップ 2

 それからさらに一週間が経過した──次の日曜日の20時頃のこと。

 メールを受け取った誓と満里奈はというと。


 夏海に連れられ、第二一居住セグメントの路地裏にやってきていた。


 第二一居住セグメントは臨港第二都心の北に位置する下町で、メインストリート沿いには色とりどりのネオンサインを掲げたラーメン店や居酒屋などが軒を連ねている。都市公園を中心に複合商業施設や超々高層オフィスビルなどが密集した『小綺麗な都会』である第二都心に対し、ここは『賑やかな歓楽街』といった印象だ。


 しかしそれはあくまでも『メインストリート沿い』のみの話である。


 一歩脇道に逸れただけで町の様相はガラリと変わる──ゴミの回収はロクになされず、壊れた街灯は放置され、朽ちた空き家にフナムシが巣食う暗黒街が姿を表すのだ。もちろんこんな所に近寄る人間がいるわけはなく、ここにいるのはみな浮浪者かものかのいずれかである。

 かのみなそこに沈みし旧東京の最も荒れた区画でさえここまで酷くはなかったと伝わるが…… わばこれは、大災厄カタストロフィが社会に残した未だ癒えきらぬ傷跡のようなものであろう。


 誓たち三人はそんな危険極まりない路地裏にある荒れ果てた建物の影にしゃがみ込み、息を潜めていた。夏海が壁際から顔を出して向こう側の様子を伺っている。

 視線の先、橋のかかったか細い水路の向こう側にはうち棄てられた神社があり、もう少し待てばそこにこととなっていた。

 

(武器の密輸を阻止せよ、か……)


 誓はANNA制服の白いプリーツスカートの裾を摘み、先日送られてきたメールの文面を思い返した。

 あのメールの内容は初めての実戦のお知らせだった。訓練を経て誓と満里奈が『才能アリ』だと判断した夏海が、二人を早々に現場へ連れ出すことにしたのだ。

 そして新米ニュービーあつらきの簡単な仕事として持ってこられたのがこの『武器密輸阻止』であった。

 違法流通ルートとの繋がりを持つ闇商人から組織的テロ行為に用いる武器を購入しようとしている魔法使いがいるので、これを逮捕してテロを未然に防止せよ──という内容だったが、当の魔法使いの脅威度が低く、事案自体の緊急性も高くないとのことで、新米ニュービーたちに経験を積ませるのに丁度よいと判断されたわけだ。


 ……が、そうは言っても。


【緊張してる?】


 夏海の声が頭の中に直接響いてきた。腰に取り付けたヨンフタ式思考通信機を通じ、彼女らは声を発することなく会話することができた。


【はい……】

【してます……】


 誓と満里奈は交互に答えた。

 それもそのはず、誰が何と言おうと“初めて”なのだから。人間、何をやるにしても初めてのときは緊張するものなのである。

 夏海はくすくすと笑みを漏らした。


【ちょっとガッチガチじゃなーい。もっと力抜きなさいってー】

【【そ、そう言われましても……】】

【大丈夫だって、あんたたちならやれるから。何ならアタシだってついてるんだし。……あっ、ほらほら来たわよ対象ターゲット


 夏海がそう言ったのとほぼ同時に、ブーブーという短いブザー音が思考通信に割り込んできた。総局庁舎の作戦管制室が対象の接近を知らせてきたのだ。

 それを聞いた誓と満里奈は、恐る恐る壁から顔を覗かせた。

 すると、おお、実際そこに対象ターゲットの魔法使い──とうあつしがやってきていた。彼は森林を思わせるような濃い緑色のジャケットを羽織り、大きなポケットのついたカーキ色のカーゴパンツを履いていた。裾は邪魔にならないようブーツにインしている。

 その後ろには手下の若い男女が六人率いられている。ボトムスはジーンズやホットパンツなどまちまちだが、彼らはみな佐藤と同じ緑色のジャケットに身を包んでいた。一行の持ち物は少し大きめのカバン一個だけであった。

 それから少し遅れて、佐藤の手下二人にエスコートされながら、胸の豊かな女がやってきた。

 彼女はいかにもビジネスパーソン然とした黒いスーツ姿で、どこか浮ついた感じのある若者たちとは対照的だ。背筋はピンと真っ直ぐ伸びており、堂々とした印象を受ける。

 ありゃ本職の方ね、と夏海が思考通信で呟いた。どういうことですか、と誓が聞くと、モノホンの軍人ってことよ、と返ってきた。


(軍人さんが武器の密輸に携わるのか……世も末だなあ)


 誓が心の中でため息をつくと、彼女もまた神社のけいだいへ入っていった。佐藤は彼女に近寄ってにこやかに握手をし、折り畳まれた特大ビニールシートをカバンから取り出して地面に敷く。


【お話が始まりそうね】


 夏海が言った。


【本当なら速攻で出ていって捕まえてやるところだけど、折角だからちょっと盗み聞きさせてもらいましょうか。これも勉強のうちよ】

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