ヘヴィ・レイン 4

 ……四隻は駆けた。

 約50ノット、時速にして約93キロという、船艇にしては相当なハイスピードで。

 射撃魔法とミニガンの激しい応酬を繰り広げながら。


 二人の魔法使いが放つ青ざめた光が雨粒、水面、そして街の谷間で乱反射し、神秘的な、あるいは幻想的とも言えるような光景を夜の東京コロニーに描き出していた。

 遠目に見る分にはまるで海上都市に青い彗星が現れたかのようだった。事実この時ツイスタではこの『青い彗星』に関する周辺住民からの投稿が急増しており、ANNA情報局のサイバー部隊が隠蔽工作に着手しようとしているところであった。

 それらの投稿の多くは『綺麗』とか『不思議』とかいう極めてポジティブかつ平和的なものだったという。


 だがその綺麗で不思議な光景を作り出している張本人たちには、それを楽しむ余裕なんてまるでなかった。

 特に追いかけられている少女二人、つまり誓と満里奈の側には。

 トトンッ、という音が誓には聞こえた。艇尾に何か小石のような固い物体が当たった音だ。

 それは間違いなくミニガンの被弾音であった。

 防壁魔法を張っているはずの満里奈は……。


「くっ……はぁっ……はぁっ……。このっ、いい加減、しつこぉい!!」


 ……確実に消耗していた。

 魔力の消費が大きすぎ、疲労が溜まりつつあるのだ。

 一方Αアルファの魔法使いにはまだ余裕がありそうであった。彼は仁王立ちのまま微動だにせず、ただ『杖』を向けて次々と魔法を繰り出していた。

 何という恐るべきスタミナだろうか……!


(完ッ全にジリひんだ……このままじゃまずい。だったら!)


 誓はふねの制御を一時的に自律操船モードに切り替え、傍らのホマレを引っ掴んだ。

 そして操舵室から外へ出ようとしたとき、再びVHFから男の声が。


『園寺准尉、一体何が貴官らにそんな行動を取らせているんだ?』


 艇尾カメラ映像の中ではΑアルファの魔法使いが『杖』をこちらへ向けたままVHFのマイクを握っていた。彼は満里奈の射撃魔法を捌きながら続けた。


『ANNAを敵に回すことが何を意味するか、仮にもANNA職員なら言うまでもあるまい。だのにどうしてそんな行動を取る。貴官らは一体何を知ったんだ?』

「船橋光莉1佐の死についてです。満里奈は1佐の娘なんです。ANNAに入ったのだって元はと言えばそのためだったんですよ」

『ああ……なるほど、そういうことか。だがそのために組織を敵に回し、テロリスト同然の存在に堕ちるというのか?』

「堕ちますよ全然。満里奈はその覚悟を示した、私は幼馴染として付き合うことにした。それが全てです。テロリスト呼ばわりされようが知ったことじゃありません」

『准尉……。あんた重い女だって言われたことないか?』

「自覚はあります、余計なお世話です」


 誓はそれを最後にマイクを放り、ホマレを持って外へ出た。

 艇尾甲板では満里奈がゲッコウに寄りかかり、肩で息をしていた。


(迷ってる時間はもうない。一か八かだけどやるしかない!!)

「ちかい……?」


 抜刀し、激しく魔力を励起し始めた誓を、満里奈は気丈にも笑いながら見上げてきた。


「わたしはだいじょうぶだから……ちかいは、操艇に集中、して……?」

「この一刀で決めるから。満里奈の方こそ安心して」


 そして電撃の魔力でレールを敷く。目標はΑアルファていたいの魔法使い。初速は既定値の3倍のマッハ60。超高周波モータの振動数を最大に!


(〈ヴァイオレットレール・インパクト〉で防壁魔法を破壊して、あの魔法使いも排除する!)


 左足を前に出し、を掲げ、右手側に傾ける。ひだりじょうだんの構えだ。

 別名『天の構え』。をそのまま振り下ろすだけで攻撃になる、日本剣道において最も攻撃的な構えだ。特に左片手で放たれる斬撃は威力・リーチともに最大を誇る。

 誓が得意とする構えだが、故に欠点もよく理解している。それは攻撃を防がれ、またはかわされた場合に生まれる隙が文字通り致命的ということだ!


(もし一撃で破壊できなかったら、私はあの魔法に撃たれて海に落ちることになる)


 故にこその一か八か。

 失敗すればこれまでの全てが海の藻屑と化す大博打だ。

 正直怖い。誰だって普通こんな賭けには出たくない。だが!

 

(身も捨てられずに近距離特化が名乗れるか。けんこんいってき、後悔は失敗してからすればいい!!)

ヴァイオレットレール────」


 そして。


「────インパクトッッ!!」


 射出!!

 誓の身体が弾道ミサイルをすら優に超える速度で発射される!!

 自動発動する防壁魔法が瞬間的に大気中の窒素を固化させて射線上に割り込んでくる。その青ざめた光の魔法陣を必殺のけんげきにより八つ裂きに──


 ──できなかった。


(!!!???)


 非常に惜しいところまでは行った。

 大戦期の戦闘機じみた唸り声を上げるホマレの刃は、誓の魔力とマッハ60という速度から生じた莫大な運動エネルギーの総和からなる隕石衝突並みのりきせきをその魔法陣に叩きつけ、がっちりと食らいついていた。

 しかし食い破ることまでは叶っていなかった。光の魔法陣はギチギチと震えながらもその主を守り続けていたのだ……!


(……ああ)


 魔法陣とヘルメットと覆面越しにΑアルファていたいの魔法使いと目が合った。

 その目が青ざめた光を漏らし、彼の頭上の魔法陣が輝き始める……。


 誓は後悔した。彼女は賭けに負けたのだ。


 よってこれから総局へ連行され、査問にかけられ、様々な手段で事のあらましを吐かされた後、記憶処理剤を飲まされて折角知った真実を忘れさせられるのだ。

 最悪死ぬかもしれない。

 Αアルファの魔法使いは嫌味ったらしく目を細め……そして次の瞬間、驚愕した。


『ッッッ!!!???』


 何故か?

 そう。

 満里奈の渾身の火力支援により、光の魔法陣が撃ち抜かれてしまったからだ。


 誓はこのとき、胸がきゅんとした。

 満里奈のことが大好きになった。

 元から大好きだったが、もっともっと好きになった。


『…………ははっ』


 一方Αアルファの魔法使いは誓に代わって後悔していた。

 彼は任務に失敗した。彼の部隊はこの若者たちを逮捕できずにおめおめと総局へ撤退するのだ。

 それが善いか悪いかはひとまず置いとくとして、上官である情報局長は一体どんな顔をするだろうか? 一体何と言い訳したものだろうか……。


 誓は警備艇の前部オモテにそのまま着地すると、再度バネめいて跳び上がった。

 そして無防備を晒した魔法使いの土手っ腹をフルスイングの峰打ちで殴りつける!

 対高等魔法防護アンチメイジックベストは魔法攻撃には有効だが物理的な衝撃には意味をなさない。彼はそのまま身体をくの字に折り曲げて吹き飛んでいき、{艇|ふね}の遥か後方に落水した。


『『『隊長ォォ!!!???』』』


 ミニガン銃座に就いていたΑアルファ隊員たちが混乱し、誓に銃口を向けてきた。

 だが誓は臆せず、真っ向から対峙した。ホマレの超高周波モータを唸らせながら。

 そして彼らが怯んでいる隙に銃身を斬り上げ、真っ二つにした。

 返す刀で銃座ごと本体を斬り伏せ完璧に破壊。さらに満里奈が他の二隻を攻撃し、彼らのミニガンを氷に包んだ。


 かくして、誓たちは情報局Αアルファ部隊の追撃を退けた。


 もう彼らに戦う力は残っていなかった。

 厳密には個人装備のハンドガンなり何なりがあっただろうが、何よりも戦意が残っていなかったから。

 誓は元の輸送艇トラックに飛び移ると、疲労のあまりゲッコウを握り締めながら気絶してしまった満里奈に「ありがとう」とお礼を言った。

 それから辺りを見回す。

 水路沿いの景色は下町でもビル群でもなく……ただただ廃れた真っ暗な町だった。


 ……そう、こここそ通称『さるつじ』。

 東京コロニーで最初に住民の受け入れを開始した区画にして。

 東京コロニーで最初に成立した、東京コロニーで最悪の暗黒街である。

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