ヘヴィ・レイン 9

「いつ見てもすごい見た目よねー、それ。コズミックホラーの宇宙生物みたい」


 夏海は誓の頭上越しに“彼女”に言った。

 その視線の先、崩れた瓦礫の山の上に浮かんでいる満里奈は、ただただ名状しがたい、魔法兵装らしき異形のモノを四肢に纏っていた。

 それはカニやザリガニの持つ外骨格のようというのか。色は静脈血めいた赤黒で、表面は細かいイボに隈なく覆い尽くされており、膝や肘といった関節部からは有機的なトゲが突き出ている。

 足の裏からは蛍のように淡く光る虹色の反重力エネルギーが照射されていて、満里奈の身体を30センチほど宙に浮かび上がらせている。頭上には夏海と同じく『天使の輪』のようなものが自転しているが、よく見てみるとそれは無数の触手や管などからなる肉の集合体であり、うねうね、もぞもぞ、びくびくと蠢いていた。

 普段なら海のように透き通っているアズールの瞳は胡乱なる虹色の輝きを放っており、その横の青いリボンもまた虹色のエネルギー体となって燃えていた。若干子供っぽくて可愛らしいフリル付きの私服だけはそのままで、それが異様に際立っていた。


「まだ完全な覚醒とはいかないか。進行度にして50パーセント、エネルギー的には今のあたしとちょうど五分五分かな」


 夏海は武者震いを抑えるかのように左腕で自らを抱いた。

 満里奈はそれを聞き流し、右手を虚空へとかざした。すると。

 ビシビシ、パキパキ、とガラスのようなナニカが徐々に割れる音がした。

 いや、割れているのは“空間”だった。いかなる手法によってか満里奈は時空連続体そのものを叩き割り、闇に満たされたドコカへと繋がる穴を開いたのだ。

 ずずずっ、とそこから棒状のものがせり出してくる。満里奈がそれを──赤黒の大剣を一気に引き抜くと、時空連続体のひび割れは途端に修復された。

 身の丈の三倍近くもあるその大剣。飾りの類は一切なく、ただ重く分厚く幅広な、夏海のメイス顔負けの質量武器。それを両手で保持した満里奈は無言で空へと浮上すると──姿

 その僅か0.5秒後!


「おぉぉおおおっ!!」


 


「!!!???」


 何がどうなったのか誓には一瞬理解できなかった。

 

 だがすぐ恐るべき答えに思い至った、のだと。

 マッハいくつなどという次元ではない! あと少しで光にだって手が届く、誓の全力が亀やナメクジのように思えてくるスピードだ。

 夏海は咄嗟にブースタを蒸して回避し、すかさず反撃にかかる。燃え盛るメイスを大上段に振りかぶり満里奈を叩き潰さんと迫る!

 満里奈は大剣をかざしてそれを防いだ。虹色の光と紅蓮の炎が激しく吹き荒れ、辺り一帯の瓦礫を吹き飛ばし、人工地盤を凹ませてクレーターを形成した。

 二人はその上でつばい、火花を散らしている……!


「やっぱとんでもない出力ね、光莉さんにはまだ遠く及ばないけどッ……!!」


 夏海は満里奈の大剣を押し込みながら言った。


さんなら今の攻撃、の速さでブチ込んでたわよ」

だけにですか……!」

「やかましいわッ!」


 満里奈が押し返し始めた。


「じゃあやっぱあの話は何かの間違いなんだ……!」

「どの話よッ」

「ママがほんとはANNAに殺されてたって話です!」

「何よその与太話、かけっこ感覚で光速超えてたような人をどうやって殺すってのよ?」

「やっぱり間違いなんだ! ならほんとにやめにしましょうよ教官っ、わたしとあの子が聞いたのはその嘘八百の与太話と、割としょーもなさめの陰謀論だけなんですっ!!」


 夏海が再び押し込み始めた。


「じゃあまずはあんたが矛を収めて情報局に出頭しなさいッ!」

「だから査問はやだって言ってるじゃないですかっ! あんな何してくるかわかんないやつらのとこ、わたしはいいけどあの子は絶対行かせませんっ!!」

「見上げた幼馴染愛ね……! だったらとことんやるしかないか!!」


 バチィン、と二人はお互いを弾いて間合いを取った。


「オーバードブーストッ!!」


 夏海の足のロケットブースタが爆発的に出力を上げる!

 一方の満里奈も加速しながら夏海に突っ込んでいく!

 そして再びの激突……!!


 激突!!

 激突!!!!

 激突!!!!!!!!


 虹色と紅蓮の軌跡をジグザグに描き、いくたびもぶつかり合いながら二人は高度を上げていく!

 虹色の光は時に正面から、時に夜空を一直線に横切って相手の背後からそれを討たんとし、紅蓮の炎は虹色の攻撃全てを巧みに避けながら自らも攻める。衝突のたびに明るい火花が発生し、花火めいて雨空へと散っていく。


 ……すごいな、と。

 それを地上で見ていることしかできない誓は、他人事のようにそう思っていた。

 神の如き力と人の叡智の結晶の殴り合い。

 仮に身体が万全だったとしても入っていけない。

 たかが音速の250倍程度で全力とか言っていた自分が恥ずかしくなってくる。


(遠いな……。追いつきたいな、あの領域レベルに。追いつかなくちゃ……)


 星に誓うかのようにそう思う。

 情報局の査問とかそういった目先のことは、この際ひとまず置いておくとして。

 満里奈とずっと一緒にいたいのなら、満里奈と肩を並べられる人間である必要がある。

 しかし現実はどうだろうか?

 もちろん魔法の実力だけが人間の全てではないが、あの人智を超えた恐るべき力は、他の全てを補って余りあるほど大きい。

 身長が高いとか勉強ができるとか運動神経がいいとか、料理が上手だとか、そんなチャチなものではあの少女を受け止めきれない。


 もっと大きな力が。

 もっと大きな器が、必要なのだ。


(今すぐにとは、いかないけど。追いつけるように頑張らなくちゃ……)

「うぐぅっ……!!」


 思考力の落ちた脳みそでぼうっと考える誓の前に満里奈が落とされてくる。

 地面にぶつかる寸前で姿勢を起こして空を睨む。

 1000メートルほど上空から夏海がメイスを超音速投擲してくる。赤黒の大剣がそれを斬り伏せる。


 その直後。

 太陽と見紛うほどの眩い光が空を満たし始めた。


 その光源は夏海だ。夏海の両掌だ。

 増幅全解放された火炎の魔力が超高密度で収縮し、核融合めいた反応を起こしながら周囲の大気をプラズマ化させているのだ。

 誓の見立てでは中心部の最高温度は太陽表面6000度にも匹敵する勢いである……!!


 対する地上の満里奈はそれを見上げながら、何かを小声で呟いた。誓にはぼそぼそとしか聞き取れなかったが、それはナニカを喚んでいるかのようだった。

 ぼこっ、と、その詠唱コールに呼応して人工地盤に半球形の盛り上がりができた。ぼこぼこぼこぼこぼこっ!! と盛り上がりは辺り一面に広がっていき、程なくして表面に纏った土壌を突き破ってくる。

 中から出てきたのは目玉だった。ダイオウイカのような──いや違う、目玉を模したレーザー砲だ。ガラス質の透き通ったドームの中は謎の白いけんだくえきに満たされており、中心部にはギョロギョロと蠢く黒い砲身がある。

 その眼球型レーザー砲は辺り一面を埋め尽くしたかと思うと、一斉に一つの方向を見つめた。視線の先にあるのは当然ながら夏海である。満里奈もまた目標を示すかのように大剣の切先を夏海の方へ向けていた。

 満里奈の身体から胡乱なる虹色の魔法エネルギーが溢れ出し、目玉たちに注がれていく。ハイライトのない虚ろな目が殺意を宿し、夏海を撃ち抜かんと見つめる……!

 一方の夏海はさらに爆発的にエネルギー量を増し、中心部の最高温度を十万、百万と上げていく。

 千万、一億、そして……10億度!!!!!!


 何という天文学的な魔力量か!

 関東一円は今や昼であった。昼だ。分厚い雨雲が白く照らされている。夏海一人の生み出した魔力の小太陽によって。


 その天文学的熱量の魔力火球が!

 投げ!!

 落とされる!!!!!!


「撃てぇぇっ!!」


 地上の眼球型レーザー砲が虹色の光線を一斉に放つ!

 その数百、いや数千条ものエネルギー射撃は膨張しながらゆっくり落ちてくる白い光の塊に突き刺さり、そして──────────!!!!!!

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