ヘヴィ・レイン 8

 ちょっとした核兵器もかくやという爆発のあと。

 瓦礫の山の上に、夏海は立っていなかった。

 代わりに彼女は『浮かんでいた』。その姿を大きく変えて。


「……エネルギー伝導率100パーセント。システムオールグリーン」


 青ざめた銀髪と碧眼は、ともに燃えるような朱に色を変え。

 制服はボディスーツのように素肌に密着する白いインナーと、その上から胸や腰を覆う金属質な軽装甲に変質し。

 四肢もまた真っ赤な篭手とブーツに覆われており……ブーツの足裏からは紅い炎がロケットブースタめいて噴射されている。頭の上には純白の金属で出来た天使の輪のような物体がゆっくりと自転しながら浮かんでいた。


 そう、これこそが深川夏海の『本気』にして、その身体に植え付けられた魔法兵装。


(アクトシステムッ…………!!)

「ほら、なに尻餅ついてんの。立ちなよ早く。るんでしょ?」


 変身の余波で吹き飛ばされた誓に、夏海は普段より明るく高い声音で言った。

 システムのもたらす副作用により、あの状態の夏海は精神が若干退行する。具体的には10代後半程度まで。

 傍目にはただ見た目相応に若返っただけと映るだろうが、そこに本質はない。


「こっちはそのつもりで出張ってきたんだけどなー。そっちがノッてこないなら──」


 普段の夏海は、もっとクールで落ち着いている。32歳という年相応に。

 だが精神が若返れば当然その分の落ち着きも失われるということで……!!


「──こっちからバイブス高めてあげる!〈ブラスティングウィップ〉!!!」

「ッ!!!!!!」


 手加減という言葉を忘れるのだ!!

 真っ赤な炎のムチが一切の容赦なく振り下ろされた!

 誓は反射的に横へ飛び退いたが、背後にあった無人廃墟アパート三棟が映画のハリボテのように爆発大炎上した……!

 辺り一帯を黒煙と粉塵が覆い尽くし、視界が失われる。誓が魔力の“圧”で夏海を捉えようとしたとき、煙幕の向こうから再度の詠唱コールが聞こえてきた。


「〈ブレイズメイス〉ッ!!」


 ボッ、と煙幕が振り払われる。

 一気に晴れた視界の中、通りに降りてきた夏海は何処いずこからか取り出した棍棒を持っていた。

 それは燃え盛る巨大な鉄塊であった。持ち手だけでも夏海の身長の半分はあり、本体に至っては夏海の身長の二倍近くあるように見える。

 重油でも注がれたかのような激しい炎は触れたもの全てを焼き尽くさんとするかのようだ……!


「おぉおぁぁあッ!!」


 夏海は足裏のブースタを蒸して突撃してきた。

 暴力的な質量を持つ鉄塊がバッティングめいて横薙ぎに振るわれてくる!


(避けられないッ……!!)


 誓はホマレで受け止めようとした。

 だが受け止めきれない! その破壊的なまでの力積は誓の腕の骨と肋骨を一瞬にして粉砕し、内臓もいくつか潰し、柔らかい肉の塊と化した彼女を情け容赦なしに吹き飛ばした!

 誓の身体は廃屋へと突っ込んで貫通した。そのまま二軒目の廃屋も貫通し、三軒目、四軒目と続いて、五軒目の台所だった場所でやっと止まった。


「ゔ……げっほっ、げほっ、ぉえぇぇっ……!!」


 喉に詰まった血液が胃酸諸共溢れ出してくる。

 さっき飲んだコーヒーも一緒に吐き出されてきて、酸っぱい中に苦味が混じる。頭に刺さったガラス片から血が垂れてきて目に入る。

 さらには股からも血がだらだらと……。


(なんて威力……。これがアクトシステムのパワーか……)


 痛みのあまり思考が却って冷静になる。

 アクトシステムの性質も威力も以前から知ってはいた。夏海が自身より格上の敵に対し使っているのを見たことがあるからだ。

 あれは使用者の魔力を増幅して効率的な運用を可能にしてくれる、いわばパワードスーツのような機構なのだ。

 それによって魔法の威力や身体能力を底上げしているのである。理論上魔力の増幅に上限はなく、また駆動時間にも限りがない。使用者が自ら使用をやめるか力尽きるかしない限り動き続けるだろう。

 即ち。


(戦って勝つ以外に、私の取れる行動は無い)


 ……誓は自身の血でできた血溜まりの中で魔力を励起し、急速治癒のため損傷部位に回した。


(まだ戦える。次が来る前に回復しないと……!)


 まずは骨だ。筋肉の中へ散らばっていった骨の欠片を寄せ集めて繋げる。足りない分は骨細胞を新たに分裂させて補う。

 次に破壊された内臓とすり潰された筋肉を。死んだ細胞や異物を傷口から追い出し、最後に皮膚を閉じる。

 ここまで15秒。

 はぁ、はぁ、と息を荒らげながら、ホマレを床に突き立てて立ち上がったその時。

 家の外がぱっと明るくなった。

 何かしらの射撃魔法が来る!!

 誓はそう直感して背後のガラスを突き破り、外へ出た。

 そして廃屋の上へ跳び上がり、さらに向かい側にある小規模7階建てマンションの屋根へと跳ぶ。


 直後誓のいた廃屋を真っ赤な魔力光線が吹き飛ばした。

 光線の通り過ぎたあとはドロドロに溶け、一拍置いてから盛大に爆炎を噴き上げた。


 誓は夏海の居所を見据えつつ、もう一回り高い10階建てのビルへ跳び移る。

 そして唸り声を上げるホマレひだりじょうだんに振りかぶり、電撃の魔力でレールを敷いた。

 あの状態の夏海に太刀打ちし得るとすればこの魔法しかない!!


ヴァイオレットレール────インパクトッッッ!!」


 屋上のへりを蹴って既定値の12.5倍たるマッハ250まで加速する!

 これは誓に出せる実質的な最大速度である。これ以上は電磁シールドが耐えきれずに空気摩擦で身体が燃える。まさに落雷の一閃だ。

 紫色の稲妻と化した誓は夏海の身体を真っ二つにせんと斬りかかった。夏海ほどの力ある魔法使いなら上半身だけになろうと死にはするまい。それにさっきのお返しもある。


「…………ふっ」

「!!!???」


 だが夏海は不敵な笑みを崩さなかった。

 彼女は誓の攻撃を読んでいた。燃え盛る巨大なメイスが盾のように掲げられ、必殺のりを受け止めたのだ。

 寺の鐘を戦車砲で撃ったかのような衝突音と雷鳴とが共鳴し合い、筆舌に尽くしがたいまでの大音響が発生した。その中心で誓のホマレは夏海のメイスに喰らいついていた。


(まさかこれが防がれるなんて……。こっちは本気の本気でぶった斬るつもりだったのに。どんな反射神経してるの?)

「おばかねー、あたしあんたの教官よ? 攻撃のタイミングぐらい読めないと思うの?」


 メイスの影に隠れながら夏海はくすくすと笑った。


「だったら真っ向から斬り伏せるだけ!〈プラズマセイバー〉ッ!!」


 誓は磁場を操作してその場に浮きつつ、の刃を二本形成した。

 それはホマレの刀身に並行して追随し、さながら三本の鋭いツメのような形を成す。

 その電撃のツメを垂直一閃に振り下ろす! 即座に返して斬り上げる!

 次いでひだり。返して斬り上げ。さらに胴!

 三本の刀身による連続斬りがメイスを苛む! 一度の振りで三つの斬撃を生み、阿修羅の如く全方位から斬りつける魔法剣技である!

 、斬り上げ、ぎゃくどう! トドメの突き!

 都合27発にも及ぶけんげきは確実にダメージを蓄積させ、そしてとうとう夏海のメイスを食い破った……!!


「きゃあああっ!?」


 夏海は驚愕からか恐怖からか悲鳴を上げた。

 誓は勝利を確信し、二本のプラズマセイバーを打ち消した。

 その分の魔力をホマレきっさきに圧縮し、高圧・高電流値の電撃の塊へと変えていく。ダメ押しの一撃だ!

 そして!!


「サンダーストライ────」

「なんちゃって♡」

「────ッ!!!???」


 誓はその確信が『慢心』と呼ばれるものだということに、その時遅まきながら気づいた。

 夏海は自身の身体で隠していた左手に、何か黒く細長いものを握っていた。


「〈スペアメイス〉」


「あっ……ぐぅっっっ!!!???」


 直後、誓の腹が痛烈に打ち据えられた。

 それはまさしくバットであった。燃え盛る野球のバットだ。

 夏海はそのバットを雑に振り、正確に誓の腹へ打ち込んでいた……。

 内臓が、またいくつか潰れた。


「げぼぁっっっ!!!???」


 誓は真っ赤な血の尾を引きながら冗談みたいにかっ飛ばされた。

 打角はおよそ30度。文句なしのホームランであった。

 高く高く打ち上げられ、猿ヶ辻全体が視界に収まろうかというとき、夏海が流星のような軌跡を描きながら一瞬にして背後へ回り込んできた。

 そして今度はロケットブースタ加速された回し蹴りが背中へ叩き込まれる……!


「がはっ……」


 誓は身体を弓なりにしならせ、ビデオの逆再生めいて今来た飛行経路沿いに墜ちた。

 落下先は満里奈の埋まった瓦礫の山だ。誓は空中で身体を丸め、ダメージを最小限にしつつその山へ高速で突っ込んだ。

 砂塵が舞い上がる。無数の細かい切り傷や擦り傷が出来てヒリヒリと痛み、血がまた吐き気とともにむせ返ってくる。ホマレを握り締めようとするが手に力が入らず、取り落としてしまう。


(やば……もう、魔力が……)


 誓の精神の中にある概念的な“魔力ポンプ”が停まってしまっているのがよく分かった。先程の急速治癒と全力ヴァイオレットレール・インパクト、それにプラズマセイバー二本を用いた全方位からの27連撃……大技を何度も使ったことで魔力を引き出せなくなっているのだ。


「あーあ、豆電球もつけらんなくなっちゃったわねー」


 夏海が空から降りてきて言った。

 誓は血を吐き、喉からしゃがれた声を絞り出した。


「い……や、ですから、ね……」

「え? なんて?」

「イヤですからね、絶対査問なんか出ませんから……!」

「あ、そう。まあいいけど……それよりもまだ“本命”がお残りなのよね~」


 これだけやって前座扱いですかそうですか、と誓は自嘲気味に笑った。

 だがすぐにそれが嫌味でも何でもないことを思い出す、いや思い出させられる。

 誓の背後の瓦礫の山……その隙間という隙間から、神秘的にしてろんなる虹色の魔力光が漏れ出し始めたからだ。


「噂をすれば、お目覚めになったみたいね」


 夏海はニヤけながらバットを傍らへ放り捨て、右掌を地面に向ける。

 ビキィッ!! と巨大なメイスが生えてきてその手に収まり、瞬時に発火炎上した。

 一方ろんなる光は大気を、地面を、そして海を震わせ、瓦礫の山を内側から崩していく。


(このエネルギーは……もしかして満里奈の、いや光莉さんの……!?)


 瓦礫の下にいる魔法使いといえば満里奈以外にはあり得ない。

 だがそれは満里奈自身が持つ魔力とは明らかに異質であった。言うなればまさにぜんいつ、または虚無。

 冷気も火炎も電撃も、それら全てを内包し且つ凌駕する宇宙的なエネルギーだ。

 

 そう、その通りである。

 覚醒状態に遷移したのだ、かの世界最強なりし母より受け継がれた、神の如き魔力が!!

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