ヘヴィ・レイン 6
いらっしゃいませ、と店員が無愛想な挨拶を寄越してきた。
サングラスをかけ、ポロシャツの袖からムキムキの腕を覗かせる彼の背後には、
誓はそんな剣呑な雰囲気に包まれながらカゴを取り、まずは目当ての軽食コーナーへ。ツナマヨのサンドイッチは……あった。横には玉子サンドもある。
両方ともカゴへ放り込む。サンドイッチ二袋(合計四枚)というと軽食にしては重すぎる感も否めないが、満里奈はたくさん食べるのでこれぐらいでちょうどよい。
それどころか先程の戦闘で夕食が抜けたのを思えばもう一袋追加してもいいぐらいだ。流石に寝る前なのでこれぐらいにしておくが。
それから自身の分の玉子サンドを一袋取りつつ、ふと誓は思った。
思ってしまった。
(私、当分ご飯作れないんだなぁ……)
と。
……そう。
そうなのだ。
料理店の一人娘である誓にとって、料理をすることは生き甲斐であり、アイデンティティの一つでもあった。
学生寮の食堂が休みになる土日や祝日、それに夏休みの間は、欠かすことなく台所に立っていた。
今はそれが叶わない。お尋ね者となった誓を立たせてくれる厨房はどこにも無い。
もちろんこれも自分で招いた結果だ。確かに組織の秘密なんてものを探りたがったのは満里奈かもしれないが、それに付き合うことを決めたのは誓自身なのだから。
しかし心に
思うだけで実行はできない。ここで野菜や調味料を買っていっても、キッチンがない。
(レーアさんは、もし情報局に怒られたら自分が責任を持つって言ってた。だから何かあったらまずは身の安全を確保して、それから自分に連絡を取れって……でも……それで事態は好転するのかな……?)
誓は、玉子サンドをカゴに入れた。
それからボトル入りのお茶と水を。加えてエナジードリンクを。睡眠は交代で摂り、起きている方が見張りをすることにしようと誓は考えていた。そのための眠気覚ましだ。
他にも朝食べるパンや、歯ブラシセット、蝋燭、マッチ、便箋、封筒、折りたたみ傘など、必要と思われるものを一通りカゴへ入れていってレジへ向かう。
「いらっしゃいませ。レジ袋はご
「お願いします」
誓がカゴを差し出すと、何故か左手の小指だけが機械化されているムキムキの店員は、どこかぎこちない手付きで商品のバーコードをスキャンしていった。
絶妙に要領の悪いその動きをぼんやり見つめながら、
(……またあの子に、ご飯を作ってあげたい……。おいしいって言ってほしい。私の料理で笑顔になってほしい。確かに今のこの状況は、私が自分で選んだものだけど……それとこれとは別だっていうのは、わがままなのかな……?)
「お支払いはIDで、と」
「はーい……えっ?」
ピピッ、と。
誓が財布から千円札を取り出そうとしたまさにその時、もう既に支払いは終了していた。
だが一体誰のIDで? 少なくとも誓のものではない。ANNA総局による位置の特定を避けるため学生寮に置いてきているからだ。
誓は
レジ打ちのムキムキ極道のIDだ。彼は雑に商品の詰め込まれたレジ袋を差し出すと、さらに頼んでもいないコンビニコーヒーの紙カップを取り出してきた。
「あ、あの……えっと……」
「何か思い詰めてそうだからな」
ヒグマじみた巨躯を誇るムキムキ極道は大地を震わすようなド低音で言った。
「俺にもあんたぐらいの娘がいてね、今は嫁共々別居中だが」
「で、でも、いいんですか……?」
「細かいことは気にするな。それよりそんなコーヒーでよければ飲んでいってくれ。気分が落ち込んだときは、まずは身体を温めるのがいい。身体の冷えは心の冷えだ」
「……ありがとうございますっ!」
「おう」
誓はムキムキ極道に深々と頭を下げると、レジ袋とコーヒーカップを受け取った。
そしてレジ脇の機械でコーヒーを沸かして店を出た。
……価格にしてたった百円。カップをセットしてボタンを押すだけでできるインスタントな代物。腕によりをかけて作る料理に比べれば、ずっとずっとチープなものだった。
雨は再び、降り出していたけれども。
誓の不安を少し和らげてくれる程度には、そのコーヒーは暖かかった。
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