メイジック・イズ・ザ・リアル 3, 4
「……ああ、そうそう」
二人が顔を拭き終わると、夏海は満里奈の顔を見て言った。
「あなた、船橋満里奈さんよね? かつて三笠重工に勤めていらっしゃった
「えっ? ま、まあ、はい……そうですけど……」
満里奈は戸惑いながらも頷いた。実際そうであるからだが、なぜ初対面のはずの夏海が満里奈の素性を知っているのだろうか?
誓がそう内心で
「その青いリボン、お母様の形見でしょ?」
「「!!」」
「やっぱり。いやとんだ偶然ね。実はアタシたち、あなたにお話したいことがあってね? それでちょうどコンタクトを取ろうとしていたところなの」
「お話……?」
「そ。まあ地べたに座って話すのもなんだし、そうね……ちょっとお散歩でもしながら話しましょうか」
§
夏海は二人を連れ、都市公園の北側の水路に沿った人通りの少ない遊歩道を歩き始めた。
そこには常に潮の香りが漂っており、わざわざ耳を澄まさなくても波の音が聞こえてくる。
また水路を行く
「まずは改めて自己紹介をしなくちゃね」
夏海はそう言うと、胸元に下げたペンダント型のIDからホログラム名刺を投影した。
「国際連合直属魔法研究・規制特務委員会“ANNA”日本総局機動部隊、第
小さな手が差し出されてくる。誓と満里奈は順番に握手に応じ、ホログラム名刺を自分のIDに取り込んだ。……32歳? 12歳の間違いでは? と誓は一瞬思ったが、思うだけに留めた。夏海は誓にニッコリと微笑みかけると、語り始めた。
「もう重々お分かりだと思うけど、この世には魔法ってものが実在してるわ。ただ表社会からは隠されているだけでね。そしてアタシたちANNAの仕事は、魔法について研究し、魔法を悪用した犯罪行為を取り締まり、表社会の安寧と秩序を守ること」
「そのANNAの魔法使いさんが、わたしに一体どういうご用件で……?」
「まあ端的に言えば、アタシたちの仲間としてANNAに入ってもらいたいって話なんだけど」
「ははーなるほど、分かりまし──って、うぇえっ!!!???」
誓も揃って「うぇえっ!!!???」と大声を上げた。
いきなり何ということを言い出すのか、この女児は? 満里奈が国連の特務組織に入る? 何故? 一体どういう風の吹き回しで??? 満里奈はあの黒ギャルやゴスロリや夏海のような魔法使いではないというのに。
しーっ、と夏海は二人を静かにさせた。そして続ける。
「ちゃんと順を追って話すからよーく聞いてね。まずはあなたのお母様の光莉さんなんだけど……ホントはは三笠重工の社員ではなく、ANNAに所属する魔法使いだったの。ついでに言うと、アタシの教官であり上官でもあったわね」
「そんな……まさか」
「にわかには信じられないかもだけど、ホントのことよ。ほら」
夏海は右手の指を鳴らした。
すると彼女のIDから再度ホログラムが投影され、満里奈たちの眼前に表示された。
その画像データは集合写真で──中央に写っていたのは確かに満里奈の
「というか、あなた自身心当たりがあるんじゃないかしら」
夏海は他にも何枚か光莉と一緒に写った写真を見せながら言った。
「あなたの実家にあった光莉さんの本棚。どんな本が並んでたか覚えてない?」
「あっ……」
これについては誓もよく覚えている。
光莉は大変優しい母親で、娘やその親友が『したい』と言ったことは大抵なんでもさせてくれたが、たった一つ、自分の仕事部屋に入ることだけは固く禁じていた。
幼かった頃、そんな彼女の部屋に二人でこっそり入ってみたことがある。もちろんバレて後からこっぴどく叱られたのだが……本棚に並んでいた書籍はどれも、はっきり言って異様なものばかりだった。星や円を組み合わせた謎の幾何学模様、よく分からない機械の設計図、
『魔導書かな?』『悪魔とか呼べるかも!』などと二人で言い合ったものだが、どうやらある意味では本当にそうだったらしい。
「まあそういうことよ。そして光莉さんはアタシみたいな凡人ではなく、魔法使いの中でも桁違いの魔力量を保有する、文字通り『世界最強の魔法使い』だったの。光莉さんにしか扱えない魔法なんてのがいくつもあって、
「でもわたし、魔法なんて使えませんよ……?」
「まだ目覚めていないだけよ。魔法使いになって訓練をすれば必ずいつか花開くわ。……ところでこれは仮にの話なんだけどさ、もしあなたたちが魔法を使うテロリストだったとしたら、その『世界最強』の力、欲しくなっちゃうと思わない?」
「え、まあ、そう、かも……?」
満里奈はイマイチ腑に落ちていないような返事をした。
しかし誓にはここでもう、夏海が要するに何を言いたいのか察せられた。
つまりは『自衛手段を持て』と言いたいのだろう。自分たちが気づいていないだけで、満里奈が受け継いだ『力』を狙う
「
誓の考えに対し、夏海はそう頷いた。
「実際さっきの二人組だって、恐らくはそういう連中に“依頼”されたからあなたたちを襲ったのよ。まあ個人的な欲望もだいぶあったとは思うけど……あなたたちを拉致って飽きるまで一通り
「「………………」」
「もちろんアタシたちだってそんなことは許さないし、絶対させない。でも現実としてはアタシたちも人間の集団なわけで、この世で起きる全ての悪事に完璧に対処しきれるわけではない。とすればいつかどこかで致命的にしくじって、満里奈さんの『力』をクソッタレどもの手に渡してしまうかもしれない。アタシたちはそうなる確率を1パーセントでも下げたいの。まあ、そういうわけで……ご協力いただけないかしら、満里奈さん」
「やります。なります、魔法使い」
「あら」
夏海は自分から頼んでおきながら、意外そうな顔をした。
「随分あっさり決めるじゃない。ホントにいいの? 一週間ぐらいなら全然待つけど」
「自分の身は自分で守るのが筋かなって思うので。それに……母のこと、もっとちゃんとよく知っておきたいですし」
「そう、ありがとう。誓さん、あなたはどうする?」
「私もなります」
誓は即答した。
それ以外の答えはなかった。魔法使いであれなんであれ、あのように満里奈を害する
降りかかる火の粉は払わねばならないし、それが魔法使いであるのなら自分もまた魔法を使って迎え撃つ。
あらゆる害意から満里奈を護る。そのために魔法使いになるのだ。
……というちょっと重たい本心は、あくまでも自分の胸だけに秘めておいて。
「ここまでお話聞いちゃいましたし、だいたい幼馴染がなるって言ってるのに、私だけおめおめとは引き下がれませんから」
「そっか」
夏海は誓の真意を察してか察せずか、にこりと柔和に微笑んだ。
そして歩みを止める。行き着いたその場所は独特な形をした高層ビルの前であった。
漢字の『門』をそのまま全面ガラス張りのビルにしたかのような堂々たる出で立ち。都市公園の東の突き当たりを跨ぐように
夏海はそれに
すると。
『三つの赤い三角形』が一瞬消え、『国連の紋章に重なる一筆書きの六芒星』に切り替わった。
その意匠が示すものは。
「それじゃ、たった今からここがあなたたちの職場ってわけね。ANNAへようこそ、
……こうして、誓と満里奈はANNAの一員となった。
自分の大切な人を護るため。そして、亡き母のことを知るため。
それぞれの目的を胸に秘めて。
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