Ⅱ‐1

 期待に胸を膨らまして何でか喧嘩しちゃった入学式から一か月が経った。停学中に誕生日を迎え、最悪の16歳の誕生日を迎えることになったんだけど、知ってる? 停学中も学校って行くんだよ。これは俺の学校だけの話かもしれないんだけど、使ってない教室に他の生徒と接触できないような時間帯に登校しなくちゃいけなくて、反省文とか書かされたりプリント渡されて勉強しなきゃいけないっていう、超めんどくさいシステムなの。しんどかったわぁ、マジで。


 停学明けの俺にも春のお日様はポカポカと温かく包み込んでくれたし、ヒコーキ雲は一筋の白線を青空に付けてることだし、それ見てほっこりしまひょなんてね。俺は教室の隅で「こうやってぬくぬくすると気持ちいいなぁ」とか思ってたけど、それは好きでやってるんじゃなくて、クラスで誰も相手にしてくれないからだ。


 停学明けのクラスで、俺は完璧に浮いた存在になっていた。まあ仕方ないよね。だっていきなり喧嘩し始めて初日で停学になったんだもん。停学になった時も、理由を聞かれてイマジナリー彼女とのミッキーの話とか、あの忌々しい腐れヤンチキのタンポポ頭が悪魔の化身に見えたんだとか言ったら大きな病院に連れてかれちゃうから「別にどうだっていいだろ」って粋がってるふりを突き通すしかなくて超困った。


 それ見て担任の教師も学校の連中も「なんかえらい気合の入ったやつがいるぞ」みたいな空気になってたけど、これはもうしょうがない。あの時の俺の気持ちを誤解なく人に説明できる自信が俺にはまったくこれっぽっちも無いのだもの。


 誰とも仲良くなれずに昼休みに1人で飯を食っている俺に「あいつ友達いねぇよ」って視線が痛い。小、中の修学旅行では常にバスの後ろに座ってきた俺のプライドは酷く傷ついてた。1人で暇だからって司馬遼太郎の本とかを読んでたのもまずかったみたいで、俺は教師に目を付けられてて、すぐ人様に手を出して、しかも何でか読書好きな、よく分からないタイミングで切れるヤバいやつにランクアップしてた。


 もうホントにこういう状況になると毎回思うんだけどさ、普通にしようとすればするほど周りから変に思われる己のカルマとどう向き合っていくかが今後の課題かもしれないよねぇ。っていうか、他人からの評価と自己評価に、毎回えげつないくらいの開きがあるから、冷静になって自分を客観視しようって思っても、本当にできているのか自分でも不安だし、不安になるような客観視なんかで自分が何者かなんて分かるわけないし、結局そんなふわっとした自己評価や自己分析なんて、うまい棒一本分の価値も無い。


 入学式から1か月が経って、クラスでの人間関係やヒエラルヒーがあらかたできつつあったコミュニティーにとってスタートダッシュに失敗した俺は完全に異物だ。


 そんな訳でクラスの授業でグループを作ると俺はいっつもハブ。たまにあぶれたやつと組む時もあったんだけど、その中に1人だけ、イケメンで結構話しやすくて「何でこいつはペア組むのにあぶれたの?」っていうやつがいた。


 何か喋っても普通っていうか、むしろ会話の返しが面白くて、明らかに他のあぶれて仕方なく俺と組んでますみたいなやつとは違った。何度かペアを組んで話すうちに、わざわざ俺を誘ってくれるようにもなったし。


 そんで、そのイケメンと喋ってたら聞いたこともない名前の地下アイドルの話をしてきて、オタク系の話に詳しそうだなと思って前から気になっていた「イェッタイガーって何?」って質問したら「イエス、タイガーの略だよ」って。


 で、「そもそもイエスとタイガーって単語とアイドルと何の関係があるの?」って聞いたんだけど、それはそいつも知らんらしい。知らないで口走ってる言葉っていっぱいあるよねぇってなって、何となくふわっとだけど盛り上がった。


 そいついわく、イェッタイガーは、ガチ恋口上というヲタ芸の一種としても意味を成しているようで「ガチ恋口上って何?」って聞いたら、ガチ恋口上というのは、歌の合間とかに推しのアイドルに対して口上を言う芸があるらしい。そんでもってファンの間でもガチ恋口上をやると盛り上がるっつって賛成な人と、アイドルの歌だけをちゃんと聞きたいから邪魔だって人で意見が分かれるらしい。


 なるほどね、どちらの意見も分かる。でもさ、俺だったら、わざわざ好きなアイドルを見に行ってるんだし、推しのアイドルと一緒に盛り上がりたいし、絶対にイェッタイガーって叫びたくなると思う。


 言いたいことがあるんだよとか、好き好き大好きやっぱ好きとか言いたいし言う。ほんで言っちゃった後のコンサートでファンと喧嘩になるんだろうね。俺と40代50代のおじさんのファンがガチ喧嘩してるところがありありと思い浮かんじゃって、やっぱ俺って自動発火炎上マシーンみたいなやつなんだなぁって思った。


「ちなみになんだけどさ、このクラスの女子をイェッタイガーポイントで換算すると何イェッタイガーポイント?」

「イェッタイガーポイント?」

「カワイイ戦闘力を数値化する単位で、俺が今発明した」

「いや、基準が分からないよ」

「じゃあ、あのラーメンマンみたいな子と、貧乏神みたいな子が20イェッタイガーポイント。あのいかにも普通な感じの吉田よしださんが60イェッタイガーポイントだとすると、里山さとやまさんは、8億イェッタイガーポイントはあると思う」

「いや、イェッタイガーポイントのインフレが過ぎるよ」


「イェッタイガーポイントのインフレって何よ?」って聞き返すと何か面白くなってきて2人で笑った。学校で笑ったのは久しぶりだったような気がする。


 

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