Ⅳ‐4

「あっ、櫻井、おはよう」


 村田さんがニコニコしながら俺に声をかけてきた瞬間、周囲の視線が分かりやすく一気に集まる。ボディタッチがあったり袖を引っ張ったりのおまけつきのやり取りに何であんなやつがと殺意と嫉妬と羨望の入り混じった刺さるような視線を感じる。キラキラ一軍女子の村田綾香あやかにはそれだけの注目度と人気があるのだ。


 村田さんと2人で一緒に帰ったあの日から1週間が経っていた。色々と変化があって、例えば今までは高杉と沢ちゃんの3人で昼飯食ってたのが、たまに村田さんと2人で食べたりしてるし、放課後に村田さんと出くわして話して、そんでそのまま一緒に帰るとかさ。


 中学時代にはこういうことが無かったから分かんないんだけど、何か付き合う直前の2人みたいだよね? ぶっちゃけ、今は中谷よりも村田さんとの方が仲良くなっちゃってる。なっちゃってるって言うと何か嫌だみたいな言い方だけどなってる。


 そんでさ、村田さんって、めっちゃカワイイじゃん? そのめっちゃカワイイ子と同じ学校で同じバイトで家が近くて、バイトの帰りとか一緒に帰ることが多くなったら、そりゃ仲良くなるし、別に変なことでも何でもないよね?


 だからそのまま流れに任せて今に至るんだけど、中谷どうしようかなぁって。村田さんに対して今さら「いや自分、一途なんで」とか言い出して村田さんと距離置いたり誘いを拒否したらめっちゃキモいし意味不明じゃん?


 何かよく分かんないまま、中谷とは宙ぶらりんになってて、運命だ何だ騒いだ割には何も起こんなくて、むしろ、村田さんの方が運命の人っぽいよね? 距離感も近いし、性格はちょっと変なとこもあるけど、ああいうコケティッシュなとこが似合うし、たまに繰り出されるかわいさのテロみたいなのドキッとするし。


 最初の印象だと中谷だったけど、本当は村田さんだったって話? 分かんない。よく分かんないんだけど、な~んかこのままじゃまずいよね? でも確定事項が無さ過ぎて、はっきりさせようにも動くに動けないというか、そもそもはっきりさせる必要があるのかどうかも分からないでいる。


 誰が好きって話なら、中谷も村田さんも、さらに言うなら由美子さんも好きだけど、一番顔がタイプなのは中谷で、でもじゃあ何で今になって村田さんの方が好きになってんのかって話になると、接点が多くて性格の相性は村田さんの方が良さそうで好きになった? マジでどうでもいいこと言ってんな俺。


 今のところ困るとしたら、高杉や沢ちゃんや由美子さんには中谷が好きっていう話をしちゃってて、その流れで村田さんに行ったら、みんな「何で?」とはなるか。でもなぁ、そこで改めてみんなに村田さんが好きですって話を通しておいて、また気が変わって中谷がやっぱり好きってなったら余計ややこしいよなぁ。


 どうしよう? 考えるの苦手だから身の周りで起こる全ての事柄ぜ~んぶ直感で決めたい。カワイイ→好き→結婚しましょ。こんぐらいシンプルにならないもんかね。色んなものに惑わされ過ぎだし、腹も決まってなさ過ぎ。こんな精神的土台がぐにゃぐにゃしたやつに何ができるっつうんだよ。っていうか、どうせ口だけなんだし、別にいいのかな。


 ハーレム帝国だって建国できるもんならやってみろってんだよな。「俺、ハーレム作りたい」って言ってできるなら誰も苦労しないし、作ってから悩めって話か?


 冷静になってみると、そもそも俺みたいなもんがキラキラ一軍女子の村田さんや、中谷みたいな子とどうこうなるの前提で話を進めてるのキモいし激イタだな。そうだな、ここはもう、流れに身を任せるしかないのかもしれない。別にね、考えるのがめんどくさくなったとかじゃないよ?

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