Ⅸ‐1
夏祭りが終わって、帰宅する人達で人通りが増えてきた。俺は泣いてるとこを見られるのが恥ずかしくて下を向きながら家に戻ったら「おい、泣き虫。私に何か言いたいことあるなら聞くけど?」って西島からLINEが来てて「少しも泣いてないし、貴様に伝えたいことなど何一つない」って返したら既読すらつかなかったけど、西島はその返事を絶対に見てるっていう確信はあった。
何でかって聞かれても説明に困るんだけど、俺はもともと本能型で、特に悪い予感や自分に都合の悪いことに対する嗅覚の的中率はかなり高い。これはあまり褒められたことじゃないし、この手の直感が年々精度を上げていく人生というのは悲しいなとも思うんだけど、しょうがない、当たるんだもん。
俺が泣いてたとこを密かにどこかで見てた可能性もあるし、泣いてんじゃねえだろうかってかまかけてLINEしてきた可能性もあるけど、どっちにしろ、こんなしょうもない俺を色々と熟知してる西島佳奈子さんは西島佳奈子さんでめちゃくちゃヤバいやつだってことだけはここで伝えておきたい。
地元の夏祭りが終わって夏休みに入って、バイトがますます忙しくなったけど、あの日から村田さんはバイトに来なくなった。
「結局、どっちがふったの?」って沢ちゃんに聞かれて、俺っぽいような、村田さんっぽいような、俺にも正直分からなかったんだけど、俺がフラれたってことにしとけと安田さんから言われ、俺がフラれたことになった。
あと俺は童貞なのに、何故かバイトの男連中からヤリチン野郎というあだ名を付けられた。「おい、ヤリチン」って言われて「童貞やっちゅうねん!」っていう持ちネタみたいなのを授けられた。夏休みに入って変わったことは、それくらいだ。
あっ、そうだ、中谷もバイトを辞めた。何か夏休みは遊びたいとか、今までそのためにお金貯めてて貯まったからとか、何か意外とあっさりな感じの理由で辞めてったらしい。
俺にとってバイト先っていうと村田さんと中谷っていうイメージだったから、その2人が辞めていなくなって、何をモチベーションにしていいのかすらも分からない状況になった。急展開が多過ぎて思考が停止して、それでもカブのローンがまだ残ってるわけで、暇と寂しさを埋めるために、予定してた夏休みがめっちゃ暇になったことだし金稼ぐチャンスなんだからっつって、今はひたすらバイトしてリトルカブのローンを夏休み中に何とかできないか奮闘中。週7で20連勤、お盆までぶっ続けで頑張っちゃうもんねって働いてる。
洗い場からフライヤーに昇格してフライヤーから今は焼き場担当になって、新しい場所を任されるのって嬉しいもんだと思ってたけど、夏場の餃子セールの日とかヤバくてガチで売り上げが2倍になる。
店長から教わった焼き場の教訓はただ一つ、ひたすら焼いてろ。ただひたすら休み無しで8時間ぶっ続けで焼いてるだけ。数はホールが調整するから焼くだけ焼けって言われたし、それしかできない。冷房とか焼き場には意味無いし、ずっと熱いとこいるから自然と顔がすっきりしてウエストが細くなった。
たまにフライヤーをやる時もあるんだけど、フライヤーはフライヤーで仕事終わった頃には直接油がかかってるわけじゃないのに顔が油まみれになってテッカテカ。
俺達は18歳未満だから法的に22時までしか働けないからそこで上がるんだけど、安田さんは、閉店までだし、閉店した後も店の締めとか売り上げを銀行に入金するとか色々やることがあった。ほんで店の締めと入金が終わっても、そこからさらに餃子300人前の仕込みをやってからじゃないと帰れないノルマが安田さんにはあった。夏になって客入りが増えてっていう環境で、安田さんは毎日昼の12時に入って帰りが深夜4時みたいな状況が続いてて、日に日にやつれていってたし、さすがに風俗も行ってないっていうか行けない状況になってたな。
味も素っ気もありゃしない。色っぽいことも艶っぽいことも何一つ起こっちゃくれなくて、高校球児達が白球を追いかけて青春を捧げているその間、俺達は俺達でこの油臭くてドブのにおいのするバイト先であくせく働いては金を追いかけて青春を捧げた。
すっげぇ愚痴と文句が多いけど、俺達らしいっちゃらしくて、気に入ってるとまでは言わないんだけど、笑って死んじゃうんじゃないかって思えるくらい笑えることもたまにはあって、気付いたらあっという間に夏の鬼連勤バイトが終わってた。
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