みんな16歳の夏は何してた?

望月俊太郎

序章

序章


 寅の年。寅の月。寅の日。寅の刻。この4つのうち3つの寅が重なり生れ落ちた人間を、三寅の福生まれと呼び人智を超えた強運に恵まれるんだそうだ。かの神君、徳川とくがわ家康いえやす公も、三寅の福生まれだったと、同じく三寅の福生まれの俺は、じいちゃんから繰り返し何度もその話を聞かされて育った。


「つまらない男になるな」とか「ひとたびこの世に生を受けたからには男子一生の仕事を成せ」だとか、物心つく前から繰り返し聞かされた激イタで偏った中二病的思想。カラスからイルカは生まれないのと同じで、中二病のじいちゃんからは、中二病の孫が生まれる。


 品性下劣にして、粗暴を極めた性格も、中二病的色メガネにかかればアラ不思議。じいちゃんには俺がひとかどの大人物にでも見えたらしい。


 勉強ができなくたって、性格が悪くたって気にしない。「そもそも、歴史上の偉人や天才ってそんなんが多いじゃん?」みたいな俺のように際限なく調子に乗りやすいやつにとって都合のいい理屈ばかりを幼い頃から骨の髄まで叩き込まれた。


 生まれて初めての万引きは3歳だったし、近所の公園で遊んでると必ず誰かと喧嘩したし、幼稚園にあがる頃には母親の財布から金を盗み過ぎて、母親から「今度盗んだら警察に連れていくからね」って逮捕にリーチがかかってた。


 そこまで追い詰められてたんだったらやめりゃいいじゃんって思うかもしんないけど、リーチから1巡目でツモってくる俺の引きの強さよ。無防備な状態で置かれていた母親の財布を見付けちゃったもんだから、条件反射的についついまた盗んじゃって母親にびしゃびしゃに張り倒された後、ガチンコで警察に突き出されて泣いちゃった。


 その時に対応したお巡りさんがまともに取り合わなかったからよかったものの、母親は「あのお巡りさんは優しかったからダメだったけど、次もお金を盗んだら連れていくからね」って言われて俺が何を思ったかといえば、「今度から父親の財布から盗もう」だったことを考えると前世は夜盗か強盗かスリだったのかもしれない。


 当時から俺はお世辞で言ってもクソガキとしか表現のしようがなかったんだけど、そんなクソガキに、なぜか近所の大人達は温かく、アパートの隣に住む、ミヨコばあちゃんにいたっては「遠くにいて、ろくに会えない孫なんかより、ひでちゃんの方が、ずっとずっとカワイイ」と公言してはばからず、事あるごとに「秀ちゃんは利口だね」「きっと秀ちゃんは男前になるよ」などと根拠の乏しいことを毎日のように俺に吹き込み、盲目的な愛情を俺に注いでくれた。


 思い返すと、俺は特に、じいさま、ばあさまに好かれることが多かったように思う。警察署に連れていかれたことを聞いた時も、ミヨコばあちゃんは俺の母親に怒り狂ったし、「かわいそうにねぇ。今度お金が欲しくなったらばあちゃんに言いな」と言って、それまでは、たまにだった母親からもらうのとは別口のミヨコばあちゃんからのお小遣いは、毎日100円という新たな制度に変わり、中学校まで続いた。


 さすがに計算してやっていたわけではないけれど、そうやって、愛情を注ぐ対象を探しているじいさま、ばあさまに愛情の注ぎ先を提供し、代わりに小遣いと、何かやらかした時の母親への用心棒として、俺は事あるごとにじいさま、ばあさまを利用していた。


 天は俺に美徳や礼節の代わりに悪童としての資質を与え、俺もまたそれに応え、天から贈られたその資質を思う存分に使いこなした。


 中学にあがると、うぬぼれが強くなり、手痛い失敗もするけれど、その失敗で慎重になるというようなこともなくて、そのまま混じりっけのないクソガキ純度100%でぬくぬくと成長してしまった。

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