Ⅲ‐4

 中谷に声をかけられて「あっ、いや、うん」って俺は返事にならない返事を返しちゃったんだけど「えっ、何? テンパる? ああ、今、ラリってたんだ。えっと… 何でテンパるかって? 何ででしょうね?」みたいな、マジで自分で自分が分からなくなってた。


 そんな俺を見かねてか、マジでヤバい状態なのが分かって心配してくれたのか「店長から聞いたけど、高杉君と沢田君の知り合いなんだよね?」って中谷の方から話題を振って助け舟を出してくれたんだけど、俺はまだまだテンパってて「高杉と沢田? 誰だっけ?」って言っちゃった。そんで言っちゃった後から「ああ、そう、俺達、高校が一緒で知り合いになってね、そんでバイトでもしてみればって話になって、今日、連れてきてもらったんだよ」ってすぐ言い直したんだけど「今、2人のこと忘れてなかった?」って聞かれてさ、そうだよね「誰だっけ?」って言っちゃってるんだもん、そりゃ気になるよね。


 中谷からしたら店を紹介までしてくれた友達だって聞いてる人を忘れてたらびっくりするわ。ただうまい切り返しもできなくて正直に「だって、忘れちゃったんだから、しょうがないじゃん」って言ったら「そんなことある?」って中谷に笑いながら言われたところで、高杉ともう一人バイトの女の子が休憩室に入ってきた。


「お前、俺のこと忘れてんじゃねえよ」

「中谷さん、来てたの?」

「うん、ちょうど近くに来てたし、シフトのこと、店長に聞こうと思って」

「こいつ、俺と入学式の日、喧嘩になって背負い投げ食らわしてきたんだけど」

「お前だって何回人の顔面殴ってんだよ。あとボディブロー、気ぃ失いそうになったわ」

「めっちゃ覚えてんじゃん」


 中谷が俺にツッコミを入れてきて、何かいい感じになってきたぞって思ってたら、もう一人のバイトの女の子が「櫻井君って北総ほくそう中学のだよね?」って。


「何で知ってんの?」

「前に、うちの中学の尾笠原おがさわらにドロップキックしてたの見たよ」

「あれ見てたの?」

「うん、『どけ! こらぁ!』って、すごい勢いだったよね」

「あれは何て言うか、ノリみたいなね」

「中学の頃からそんな感じだったの?」

「あの時はねぇ、誰かと喧嘩したくてしょうがなかったんだよね」

「いいんじゃん。尾笠原、嫌われてたし。私、あれ見て、すっきりしたよ」

「でしょ? あいつ評判悪かったし、ムカつく顔してたからさぁ」

「私、ヤンキー嫌いなんだけど」

「ちょっと待って中谷さん。あれには深い訳があってね…」

「ノリって言ったばっかじゃん」

「ドロップキックしたのはノリだけど、俺がヤンキーみたいなことしてたのには、深い深い事情があったの」

「喧嘩したくてしょうがなかったって言ってたくせに」

「中谷さんは本当によく俺の話を聞いてくれてるね。でも違うんだって。俺はもう乱暴なことしないように気を付けてるよ」

「俺と入学式に喧嘩したの誰?」

「うるせえな、うるせえな!」

「あっ、乱暴者だ」

「だから違うんだって。えっと、村田むらたさん? 俺は女の子には乱暴なことしたことないよ。それに男に対しても乱暴なことはしないように気を付けてる真っ最中だから」


 変な汗が止まらなかった。悪事千里を走る。もともとお喋りで、ビビリのくせに変なとこでクソ度胸のある俺は、この場をごまかすために頭フル回転で喋った。


 自分しか興味の無い話ばっかりだったような気もするし、とりとめの無い内容ばかりだったようにも思う。でも3人は笑いながら聞いててくれて、賄いを食べ終わっても、俺達の会話が途切れることはなかった。

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