Ⅲ‐3
必要な物以外、何も無いし、置く場所もない殺風景な四畳半の休憩室。作業着を詰め込むロッカーと、油で汚れたCDラジカセとウルフルズのアルバム。今にも剥がれ落ちそうなシフト表が、タバコの
「せっかく来たんだから、賄いでも食ってけよ」
店長グッジョブ。この一言で俺と女の子は賄いができて食べ終わるまで休憩室っていう狭い空間に2人きりになれることが確定した。めっちゃチャンスじゃんって俺はとにかく女の子と喋りたくてウズウズしてたんだけど、女の子からしたら別にそんなん知ったこっちゃないじゃん? 全然手応えが無かった。
「あっ、今日から働くことになった櫻井秀人です」
「はぁ、どうも
俺のテンションとは裏腹にラリーが1回で途切れた。向こうからそれ以上の会話を求められてないのが分かっちゃって全然次の言葉が出てこない。今までの人生でいいパターンのシミュレーションしかしてないから、実力の無さがめくれた今現在を処理できないでいる。
こんな時、世間一般ではどのような行為やトークをするのかが俺には全く分からなかった。出会った時のシチュエーションはどんな感じがいいとか、デートするならどこで何するってのはバカみたいにいっぱい想像してたくせにさ、2人で何喋るだのかに喋るだのは考えたことすらなかった。威張るとこでもないし自分で言うことでもないけど、ホントびっくりしちゃうよね。慌てふためく俺と、平然としてた中谷。「この子は俺のことなんて気にも止めてないのかな?」と思うだけでホッチキスでパチンと閉じられているような痛みが胸に走った。
どうする? どうする? つったってどうにもなんないけど、だからってこのままタバコを吸うだけだったり、携帯見たりして時間を潰すのなんてカッチョ悪いじゃん? 俺は渾身の秘策をと思い、あれこれと考えて「何か面白いことすればいいんじゃないか」って閃いたわけよ。何でかっていうと、面白い男はモテるっていうの思い出したからなんだけどね。まあ、こんな薄い情報が渾身の秘策かどうかは、ここでは、うっちゃっておいてほしい。
そんで俺が中谷を笑わすのに何したかっていうと、まず後ろ向いて賄い用のレンゲ2つを両目に当ててから振り返り、ちょっと間を置いてから「ウルトラマン!」ってコミカルな声で言うどうしようもないギャグ。
こんなん面白いわけがない。けど俺は不幸にもこの時、面白いと思ってたんだよ。例えるとそうだな、久しぶりにタンス開けてみたら「どうしてこんなの買っちゃったんだろう?」って服が出てくるのと似てる。その時は
このミスれない大事な場面で、生涯袖を通すべきではない服を買って、しかも着ちまったんだよ俺は。振り返ってみるたび、このギャグを少しでも前向きに捉えていた自分をゴミ箱に捨ててやりたい。
ほんで俺が中谷に「ウルトラマン!」って言ったら「えっ?」って言われてゲロスベリした。狭い控え室で2人きり。たかだか四畳半の空間が突如として時間との営みを拒んだからね。時が止まった。スベリ過ぎて時空が歪んだのかも。「ズーン」っていうマンガの重たい効果音が聞こえてきそうだったし、時空が歪んで重力が発生したのかも。「へぇ~、アインシュタインってみんなが分かんねぇと思って適当な嘘ついてたわけじゃねぇんだ」みたいな。こんな所で相対性理論を肌で感じるなんて俺のスケジュール帳には書いてない。
面白いとか人間のユーモアって、一体何だろうね? スベった後、誰もフォローしてくれない空間にいた俺の気持ち分かる? 死んじゃいたい、マジで死んじゃいたい。切腹させてよぉ、頼むから。
俺は、自分が比較的愉快な人間だと自負していたし、人から言われたりも多々あった。そのうぬぼれと、浮かれ純度100%の恋という名のビックウェーブが生んでしまった超絶ゲロスベリギャグウルトラマン。最悪だ。
「何でこんなことしちゃったんだろう?」って気持ちと「違ぇよ。違ぇえって。俺、本当はもっと面白いんだってマジ」って気持ちが、ひたすら俺の脳みその中でピンポン玉のように飛び跳ね続けた。けどとにかくサブいギャグに対して詫びねばと思って口開いたら、唇が震えて、唇を震わせながら「悪かったよ」とかって怖いよね? しかも、謝ったら謝ったでさらに空気は重くなってドブ川みたいに
あ~あ、やっぱりこの子は明日学校で「バイト先でさぁ、いきなりレンゲ目に当てて、ウルトラマンとか言ってきたやついたんだけど」とか友達に話すのかなぁ。うわぁ、イタイなぁ。キモい。超キモいよ俺。普通にしてりゃあよかったじゃん。携帯見るふりしてりゃあよかったし、ひたすらタバコ吸ってりゃあよかったじゃん。何でウルトラマン? しかもその後、無言ってお前、やろうとしても難しいし、誰も真似できねぇよ。ハハッ、もう何やってもうまくいかねぇや。こりゃあここでウンコでもするか? ウンコすりゃいいんだろ? ドラクエで例えるとあれだ「櫻井秀人はウンコをした。社交性とモラルが8下がって中谷に嫌われた。その代わり時を止める時空操作魔法ウルトラマンを覚えた」ってな具合でいいじゃん。良くねぇよ! 良くねぇけど、そんなのどうでもいいほどマジ終わった。今はただひっそりと山の中で暮らしたい。山小屋で小鳥達に餌を与え、名前とか付けて俺はその小鳥達にだけ心を許す。そんな人になろう。小鳥達も俺に懐いてそれが俺の心を安らかにしてとかって頭ん中でくだらない思考回路がフル回転で、俺は完璧ラリってた。中谷に「何でそんなにテンパってんの?」って聞かれてなきゃ、一生やってたと思う。
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